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家族・友人が今も忘れない、あの人が去り際に遺した言葉

9/24(火) 12:01配信

現代ビジネス

おカネではなく、あなたの記憶を遺す

 「父は肺がんを患っており、発見されたときには、すでに末期でした。そこから170日間の闘病生活が始まりました。その間、父と話さなかった日はありません。父と娘の会話というよりも仕事の話が大半。演劇が進むべき道、自分の作品をその中でどのような形で残していくのか、未来のことばかり語り合いました」

朝起きたら、横にいる夫が突然死んでいた日の話

 こう語るのは劇作家、小説家の故・井上ひさし氏(享年75)の三女・井上麻矢氏だ。井上氏が主宰していた劇団「こまつ座」の運営を引き継いだ麻矢氏は、'10年4月に亡くなった父の最期を看取った。だが、父娘の関係は、その3年ほど前までは冷え切っていたと麻矢氏は言う。

 「小さい頃から劣等生だった私には、父は怖い存在でしかなかったんです。父から褒められたことは一度もありませんでした。それに多感な時期に私の母と離婚したり、その後の再婚への反発もありました。

 そんな関係が変わったのは父から正式に『こまつ座』に誘われて以降のこと。劇団運営に関する様々な話を父とするうちに、春の雪解けのように親子関係のしがらみが解けていきました」

 以降、井上氏は劇団と芝居に関するすべてのことを娘の麻矢氏に注ぎ込んでいった。

 「こまつ座は父が自分で作ったものですし、いわば父の精神的な支柱のようなもの。父が『僕が死んだら……』と言うので、『そんなこと言わないで』と返すと、『君が弱気でどうするんだ』と、怒られました。『自分がいなくなった後をちゃんと任せるためには、泣いている時間なんて君にも僕にも残されてないんです』と」

 そして、死の2週間前、新作公演に関する相談をしようとした麻矢氏に、井上氏はこう言った。

 「父は手で私をさえぎり、『こまつ座のことは君に任せたのだから、何も聞かなくていい。自分の思うがままに進みなさい』と。この言葉が、いまも私の背中を押してくれています」

 それは麻矢氏が初めて父親に認められた瞬間だった。こうして井上氏は信頼する家族に、人生をかけて大切に育んできたものを託して旅立っていった。麻矢氏は言う。

 「普通の親子関係ではなかったですから、さまざまなわだかまりがあったのは事実です。でも最後にはこの人がしたすべてを許そうと思えた。むしろ、よくぞこの世界に私を送り出してくれた、と感謝の気持ちしか残っていませんでした」

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最終更新:9/24(火) 12:01
現代ビジネス

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