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横浜国際で蘇ったトルシエの怒り。ラグビーの迫力は伝わっているか。

9/24(火) 15:41配信

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 宗旨替えがなされたか、彼の中での時効が来ていない限り、2002年のサッカー日本代表監督だったフィリップ・トルシエは、いまでも仙台牛を口にしないはず。

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 「美味しいことはわかっている。でも、口にする気にはなれないな」

 ――憮然とした顔で彼が言ったのは、10年ほど前、パリの日本食レストランでのことだった。

 いい和牛があるんですが、と勧めてくれたお店の方は驚いていた。無理もない。和牛と聞いて顔を綻ばせた知日派の著名人が、産地を聞いた途端に表情を強張らせることなど、そうあることじゃあない。わがまま? それとも冗談? 

 でも、トルシエは大まじめだった。

 「いまだに、わたしは仙台と聞いただけで悔しさが込み上げてきてしまうんだ。トルコに負けた決勝トーナメント1回戦のことを思い出してしまうからね」

 レストランからクルマを30分ほど走らせれば、日本代表が惨敗を喫したサンドニがあるのだが、彼にとってはどうでもいいことらしい。

「あのトラックが熱を遮断した」

 「もしあの試合が仙台以外で行なわれていたら、たとえば、グループリーグを2位で通過して、神戸で戦っていたら、違った結果が出ていたんじゃないか。仙台でトルコと戦うより、神戸でブラジルと戦った方が、チャンスがあったんじゃないか。そう思ってしまうんだ」

 トルコよりブラジルと戦った方が勝つチャンスがあった? 正気か? なかば唖然とする一同に、トルシエは言った。

 「仙台のスタジアムには陸上のトラックがあった。あのトラックが、わたしたちを後押ししてくれていた日本人の熱を遮断してしまった。わたしたちは、ホームでありながら、まるで中立地のような雰囲気の中で戦うことになってしまった」

 神戸は、フットボール専用競技場だった。

トルシエには理解できなかった感覚。

 敗因を自分たちの力不足ではなく、スタジアムに求めるのは、日本人の感覚からするといささか卑怯ということになるのかもしれない。だが、敗因をスタジアムに求めない日本人は、フランス人の感覚からするとあまりにもスタジアムの持つ力に対して無頓着だった。21世紀のワールドカップでありながら、当たり前のように陸上競技場で試合を開催する感覚が、日本に愛着を抱くようになっていたトルシエには、あまりにも焦れったく、そして悔しかったのだろう。

 残念ながら、あのワールドカップから17年がたったいまも、日本の状況はあまり変わっていない。

 ニュージーランド対南アフリカ、アイルランド対スコットランドという大会序盤屈指の好カードが組まれたのは、2002年ワールドカップ決勝が行なわれた横浜国際総合競技場だった。2試合をみて、わかったことがある。

 陸上トラックのあるスタジアムは、サッカーの魅力をかなりスポイルするが、ラグビーの魅力は大幅にスポイルする。

 陸上トラックのあるスタジアムは、ラグビーの好ゲームを平凡な試合に、平凡な試合を退屈な試合へと変える。

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最終更新:9/24(火) 17:26
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