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若杉実『ダンスの時代』が示す、日本のダンス史とその未来「時代の背景を含めてダンスカルチャー」

10/2(水) 8:11配信

リアルサウンド

 『ダンスの時代』は、日本におけるストリートダンス文化についてまとめられた本だ。昨今のストリートダンスの原点はブレイクダンスと言われているが、そのブレイクダンスを中心とした日本のストリートダンスの歴史を1980年代から現在まで細かく紐解き、映画『フラッシュダンス』や一大ブームとなった『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』のダンス甲子園などの動画コンテンツ、ZOOやEXILEといった人気グループの例を挙げながら、文化やスポーツなどとの接点も探るなど、幅広い視野でシーンの変遷を見つめている。

懐かしの映像を見る一幕も

 去る9月27日(金)、下北沢B&Bにて『ダンスの時代』筆者の音楽ジャーナリスト・若杉実氏を迎えて「ストリートダンスからアイドルまで、ダンス戦国時代を斬る」というタイトルでトークイベントが開催された。

 このトークイベントでは、著者である若杉氏を中心に、本の中でも登場する3人のダンサーたちをゲストに迎え、日本のストリートダンス黎明期から現在に至るまでの話を展開した。

 著者の若杉氏はダンサーではなく音楽側の人間だというが、「中学3年生の時にテレビで見たブレイクダンスに衝撃を受け、高校3年までダンスチームを組んでいた」と言う。その後、ダンスはやめてしまったが、その経験などを踏まえて「いつかダンス文化論をまとめたいと思っていた。今までストリートダンスの本はなかったから、そういう本を書きたかったし、自分が書くしかないと思った」と、この本を執筆した経緯を明かした。

 ブレイクダンスから生まれたストリートダンスと言うジャンルは、現在は教育現場にも入り込み、義務教育における「必修科目」にもなっている。ユース五輪では正式種目として採用され、2024年のパリ五輪では種目として採用されることが暫定的に決まるなど、今やストリートカルチャーの枠を超えた広がりを見せている。若杉氏は、そういった状況を踏まえた上で、「これからはダンスを踊る人だけでなく、見るファンが増えていかなくてはならない。そうしないと本当のシーンはモノにできないのではないか」と、鑑賞者側のリテラシーの向上の必要性を訴えた。

 今回のイベントで最初に登壇したゲストは、ダンスパフォーマンスグループRUSH(ラッシュ)の元メンバー、野沢トオル氏とGERU-C閣下氏。彼らが所属したRUSHは原宿の路上、つまり「ホコ天」で初めてブレイクダンスを踊ったグループのひとつとも言われている。そんな彼らは1985年にCDデビューを果たして、芸能界入りを果たしている。GERU-C閣下氏は会場に流れるデビュー曲「ブルー・ブラック・センセーション」を聞きながら、「全然売れなかったけどね(笑)」と当時を振り返った。著者の若杉氏は、「今のダンスブームの原点はブレイクダンスだから、RUSHを絶対に紹介したかった」と言い、「ブレイクダンスをコアなものではなく、芸能にまで踏み込みやっていたのがRUSHだったと思う。だから一番最初に押さえておきたかった」と、現在のシーンを考察する上で重要なグループだったことを強調した。

 RUSHの2人がブレイクダンスに出会ったのは、高校時代。当時流行っていた映画の『フラッシュダンス』の路上でのブレイクダンスのシーンを見たのががきっかけだった。野沢氏は「高校の同級生で別々に映画を見ていたんだけど、ブレイクダンスを見て、『どうやって踊るんだ?』ってなったのが最初」と当時のことを話した。続けて「勢いつけたら背中で回ることもできるんじゃないか?と思って、勢いでやってみた(笑)。路上にダンボール敷いて回った」と、初めてブレイクダンスをした時のことを振り返った。

 その後、ミュージカルのオーディションを経て芸能プロダクションに所属することになったRUSHは、様々なテレビ番組に引っ張りだこになる。「芸能界ではブレイクダンスを踊れる人を使いたがる時代だった」という。実際、RUSHも「エキスポスクランブル」と言う、つくばエキスポから中継されていた番組にレギュラーで出演していた。

 野沢氏は「当日、現場に入ってからゲストを教えてもらって、カセットテープを渡される。本番まで1時間もない間に振りをつけた。自分たちは踊りのパターンが5つくらいあったので、それを組み合わせて作ってた」と言い、「曲のリズムと全然合っていないこともよくあった(笑)」とGERU-C閣下氏は笑い、「あるアイドルの時は、ミディアムの曲ばかりで合わなくて全く踊れなかった。同じ空間(ステージ)にいるのに、それぞれで別のことをしている感じ。当時は、ブレイクダンスが背景にあればそれで良いという不思議な世界だった」と続けた。

 その後、フジテレビの深夜番組『オールナイトフジ』に出演した時の映像が流れると、「当時はもう俺は踊ってなかったね(笑)。自分の限界に気付いて」とGERU-C閣下氏は振り返った。この時には、ダンスだけでなくコントの要素を取り入れたりしていたという。「コントも当時はやりたくなかったけど、お客さんを入れるためには、もっとエンタテインメントにした方がいいんじゃないかと」と野沢氏。「今のグループの多くは、かなりエンタメ化されていると思う。嫌だったけど、結果としてストリートダンスがエンタメ化されるいいきっかけにはなったと思う」と続けた。

 その後、3人目の登壇者となる周防進之介氏が登場。周防氏は現在ダンスとカラオケをミックスした「カラフィット」と言うダンスエクササイズを開発し、活動をしている。そんな周防氏も元ストリートダンサーだ。16歳で上京してきた時に憧れていたのがRUSHだったとのことで、「一番、本場のダンサーに近い動きをしていたのがRUSHだった」と語った。

 周防氏自身は「ヒップホップとジャズを掛け合わせたスタイル」のダンスを踊っており、「当時はRUSHほど踊れる人たちがいなくて、すごく憧れていた」と言う。現在はインターネットなどで簡単に動画が見れたりするが、当時はビデオさえもままならない時代。テレビによく出ていたRUSHは「ダンスの教科書」だったそうだ。その話にGERU-C閣下氏は「RUSHはただデビューしただけで、もっと上手い人はいた」と言い、野沢氏も「僕たちは運よくテレビに出れた。当時から地道にダンスを勉強してた人は、本当にたくさんいた。僕は、そのことをこの本を読んで知った」と語った。

 「当時はダンスの資料を探すのは大変な時代だった」と野沢氏。「横須賀に行って、アメリカ人が踊っているのを横目で見て覚えて、トイレに行って踊ってみて、また見に行ってトイレで踊って…。そこで覚えたダンスを新宿に行って踊ったりしていた。踊りを見つけるのが難しい時代で、モノマネから入っていた。だから、僕らの個性はなかった。今の時代は、個性的なダンサーが増えてきた」と続けた。

 それに対し若杉氏は「今はどんどんダンスが上手くなって、技術が良くなっているけど、昔の動画を見ると、あの時代の方が良かったと感じる部分もある」と語る。その理由として、「ただ踊るだけでは、ストリートダンスにはならない。その時代の背景とかも含めて、ダンスのカルチャー。スキルを磨くだけではなく、人間らしさというか、踊ることの楽しさやその文化性にも着目してほしい」と続けた。

 RUSHは日本における「歌って踊る」ダンサーの原点だったのかもしれない。昔からジャニーズのように「ダンスを踊るアイドル」はいたが、「歌も歌うダンサー」はいなかった。今では当たり前になってしまったが、当時彼らがダンスボーカルグループとしてデビューしたことは画期的なことだっただろう。

 今回のトークイベントで登壇した3人は、それぞれアイドルグループのプロデューサーもしている。今や、アイドルに「ダンス」は欠かすことのできないほど重要な要素になっている。

 野沢氏はハロープロジェクトのグループを中心にプロデュースを行い、GERU-C閣下氏と周防氏は、地下アイドルのプロデュースを行っている。「ブレイクダンスから始めたのに、今はアイドルのプロデュースや演出とかやってる。エンタメを積極的にやってますね」と野沢氏はいう。

 ゾンビパウダーというアイドルをプロデュースしているGERU-C閣下氏は「いわゆる地下アイドルというか、インディーズアイドル。大手と違ってメディアに出るわけじゃないので、彼女たちにはライブしかないんです」と説明し、「日本の場合は、アイドルたちがだんだんと歌や踊りが上手くなっていくことに対してファンが付く。K-POPアイドルみたいに最初から上手いとファンが付かなくて。だから、最初は誰でもできるお遊戯みたいな振り付けになってる。ももいろクローバーZは、そうやって人気が出た良い例」と、日本におけるアイドルのダンス事情を説明した。また、野沢氏は「ハロプロも基本は同じだと思います。MVやビデオが出た時に見てもらえる、キャッチーな振りをいかに作るかが大事で、そこが勝負になる。みんなが踊ってくれる振りを作るのが大事」と、わかりやすいダンスがアイドルには重要だと語った。

 周防氏はつりビットという「釣りができるアイドル」のパフォーマンス指導を担当していた(今春解散)。「ここでは育成と振り付けをやっていました。当時小学生だったキッズモデルで、ダンスとか全くやったことがない彼女たちを、カラフィットで育成していきました」とのこと。3人が口をそろえて言っていたのは、「日本のアイドルは育てていくもの」というところだ。アイドルのダンス事情は、ダンスをエンタテインメントとして楽しむのに、必ずしも高いスキルが必要なわけではないことを示す好例と言えそうだ。

 イベントの後半では、若杉氏は「音楽があって、はじめてダンスは生まれる。ダンスそのものよりも、音楽を聴いて体を動かす、音楽を聴いてダンスをするというのが重要。ブレイクダンスってなんだったのかな?と思っていたけど、本を書き終えてやっと気づいた。当たり前といえば当たり前だけれど、音楽に合わせてダンスをするのがブレイクダンスで、言ってみれば歌や楽器と同じように、体の動きで音楽をやっているのだと思う」と、ダンスにおける自身の見解を述べた。

 また、今後はストリートダンスがスポーツとしても浸透するであろう未来を見据え、若杉氏は「サッカーや野球のように、プレイヤーではないお客さんが鑑賞しに行くという文化はまだ浸透していないので、その意味でダンスシーンはまだ成熟したとはいえないと思う」と述べ、改めてダンスを鑑賞する側の意識が高まることに期待を寄せた。

 日本のダンスカルチャーを多角的に読み解いた『ダンスの時代』は、今後のダンスカルチャーの発展を考える上でも、示唆に満ちた一冊と言えそうだ。

西門香央里

最終更新:10/4(金) 12:15
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