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雅子さまに一目惚れした皇太子さま、3カ月の間に4回の運命の赤い糸

2019/10/3(木) 14:30配信

webマガジン mi-mollet

猛烈に勉強した、まだ幼さの残る奥手な女性

昭和61年(1986年)10月18日、東京・元赤坂の東宮御所(現・赤坂御所)において、東京国立西洋美術館で開かれたエル・グレコ展のために来日していたスペインのエレナ王女を歓迎する皇室主催の茶会がありました。
その日は、赤坂御用地内の馬場で皇室伝統の馬術「打毬(だきゅう)」も披露されました。

招待客は、外務省関係者や学者などおよそ120人。その中に、雅子さんの姿がありました。恆さんの先輩にあたる中川融(とおる)さん(元在ソ連日本大使)から雅子さんのことを聞いていた宮内庁が、エレナ王女と同じ年頃の女性ということで、特にメンバーに加えたもののようでした。
そのころ雅子さんは、外交官試験に合格したばかり。美貌というよりは、猛烈に勉強した、まだ幼さの残る奥手な女性という印象だったそうです。

その日、初めて紹介された皇太子浩宮さまと雅子さんは、軽く挨拶を交わした程度でした。

「(外交官試験に)合格してよかったですね」
珍しく積極的に声をかける浩宮さま。
「はい、ありがとうございます」
ていねいに会釈する雅子さん。

当時26歳の浩宮さまは、このとき、スーパーレディに一目惚れしたのです。
のちに浩宮さまは、雅子さんの第一印象を、
「けた外れにスケールの大きい女性」
と語っています。

それに対し、雅子さんはどう思われたのでしょう。
雅子さんは、帰宅すると祖母の江頭寿々子さんにこう尋ねました。
「おばあさま、浩宮さまって、そんなにおえらいの?」
「浩宮さまは、将来、天皇になられる方ですよ」
「じゃあ、私、すごい方に会ったわけね」
驚いた雅子さんは、こう言ったといいます。だからといって、どうというわけでもありません。そのときの雅子さんの頭の中は、国際舞台で活躍する外交官となる夢でいっぱいだったのです。

雅子さんを食事に招待。留学時代の思い出で話が弾む

2度目の出会いは、それから1カ月後にやってきました。英国大使館で開かれた日英協会主催のパーティの席です。

お二人が私的な会話を交わしたのは、その年も押し詰まった暮れのことでした。
3度目は12月30日の晦日の日、皇太子浩宮さまは雅子さんを食事に招待したのです。ハーバード大学の弘中平祐・和歌子夫妻も同席し、お二人の間では留学時代の楽しい思い出で会話が弾んだといいます。
 
もしかしたら、このころから雅子さんは自分が浩宮さまから個人的な関心を持たれているかもしれない、と感じるようになったのではないでしょうか。

年が改まった昭和62年(1987年)1月9日、日英協会の餅つきパーティの席上で、浩宮さまと雅子さんは再び顔を合わせる機会がありました。なんと、たった3カ月の間に4回もの出会いがあったのです。

その年の4月、雅子さんは外務省に入省しました。配属されたのは、経済局国際機関第二課。雅子さんは、本格的に外交官として仕事をしていくことになったのです。
しかしながら、雅子さんに注目し期待をかけていたのは外務省ばかりではありません。浩宮さまをとりまく人々、いいえ、浩宮さまご本人こそが、未来の雅子さまの可能性を見出していたのです。

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最終更新:2019/10/25(金) 18:51
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