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小林秀雄や福沢諭吉の泥酔伝に、酒飲みの自分が学んだことは。

10/7(月) 18:31配信

Pen Online

365日、お酒を飲まない日はない。30代の頃は「記憶をなくすまで飲まないと飲んだ気がしない」と真剣に思っていたし、東京で泥酔して乗った家とは逆方面の終電で爆睡して山梨県まで行き(ここまではよくある)、起こしてくれた見知らぬサラリーマンを無理やり誘って駅前の居酒屋で始発まで飲み明かしたこともある。

1年間密着取材した映画『“樹木希林”を生きる』が伝えてくれる、愛と優しさと“覚悟”。

そんな私がページをめくるごとに身につまされた、いや、逆に勇気をもらったのが本書だ。歴史に名を残した偉人たちの泥酔伝が綴られているのだが、控えめに言ってかなりひどい。超絶迷惑。私の酒の飲み方なんて赤子も同然だろう。

酔っての暴力沙汰くらいは想像がつくものの、インテリの代表のような評論家・小林秀雄の酒ぐせは度を越して面倒くさかった。駅のホームから一升瓶を持ったまま10m(!)落下して、駅員に「生きてる!」と驚かれたのは序の口。泥酔して乗った電車で見かけた他人に「君はチンパンジーに似ているね」と話しかけ、その場で張り倒されている。挙句は一般の民家に居酒屋と間違えて迷い込み、「酒を出せ」とごねまくって出してもらった酒にも「まずい。店のサービスも悪い」とひと暴れ。ああ、私の秀雄様へのイメージが……ますますアップしてしまったではないか! 酔っぱらいの鑑!

他にも、太宰治、三船敏郎、福沢諭吉など錚々たるメンツの泥酔話が並ぶのだが、みな共通するのはやらかした後も特に反省の様子がないこと。それどころか、よりパワーアップしていたり、「なんとなく筋が通っている風」なコメントをしたりしている。

そう。泥酔の翌朝、布団を抱えて「もう酒はやめる」と猛省するだなんて筋金入りの酒好きには無意味なのだ。読み終えた頃には彼らの偉大さを忘れ、「一緒に飲むなら誰がいいかな」と妄想してしまった。

文:ツレヅレハナコ (フード編集者)

最終更新:10/7(月) 18:31
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