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「打線の援護があれば500勝も可能だった」/金田正一氏・再録インタビュー

10/8(火) 10:31配信

週刊ベースボールONLINE

400勝。365完投。5526回2/3。4490奪三振。14年連続20勝。64回1/3連続イニング無失点。いまだに輝く数々の大記録を羅列するまでもなく、日本野球史の投手の頂点は、間違いなく金田正一氏である。その投手人生の回想に耳を傾けた、『ベースボールマガジン』2015年1月号のインタビューを再編集してお届けする。

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「65勝って簡単に言うけど、あのチームに勝つのは至難の業だよ」

――金田さんは高校を中退して17歳でプロ入りし、1年目は8月から30試合に投げたんですよね。

金田 そんなのすごくないよ。2カ月もあるんだから。1日おきにほうればいいんや。プロ野球のピッチャーは、投げるのが当たり前。今みたいに、肩を使い惜しむこともなかった。毎日野球をやるなんて、屁の河童や。そんな時代だからな。食うものもない、飛行機もない時代だからね。

――北海道遠征も汽車で行った時代ですもんね。

金田 4球団帯同でな。巨人と国鉄とあと2球団。変則ダブルを組まないと、興行にならないんや。東北から転戦してな。青函連絡船に乗って北海道に渡るなんて、今の選手に味わわせたいな。

――ノーヒットノーランを2回(完全試合含む)やっていますが、ヒットを打たせないのは投手の本能ですか。

金田 いや、本能は勝つことだな。ランナーを出しても、点を取られなければいい。勝つことしか考えていないよ。負けることは頭にない。

――国鉄時代は0対1で負けた試合も多かったです。

金田 打てないんだから。それを言うたら当時の選手に悪いけど、駒がなきゃ打てない。打てる人、打てない人、いるからね。ワシは0対1や1対2で負けた試合は多かったはずだよ。

――それがひっくり返っていれば、500勝も。

金田 ああ、行っとる、行っとる。500勝していたと思うよ。登板数からすると可能だろ。

――歴代1位の5526回2/3ですもんね。

金田 疲れとるとか、なかったもんね。今みたいに、ベンチにスポーツドリンクとかないよ。氷水だったよ。冷蔵庫もなくて、木の枠みたいなのに入れて冷やしていたんだ。こういうことを今の子は知らないと。馬車から始まって自動車になったように、歴史っていうのはあるんだよ。だからこそ、昔の人は強かったんだ。車のない時代はみんな命がけで歩いていたんだ。野球選手はもっと歩かないといかん。

――国鉄時代、巨人相手には65勝(歴代1位)。巨人戦は燃えましたか。

金田 65勝って簡単に言うけど、あのチームに勝つのは至難の業だよ。あの当時、どんだけのピッチャーが巨人にいたと思ってるの。これはバックの国鉄ナインが身をもって教えてくれたんだが、2点差、3点差を試合終盤に逆転とか、夢だったよ。まず、なかった(笑)。前半でやられて、あきらめるのが先だよ。コンディションが悪ければ負けるの。今の選手は我々にコンディションの整え方を聞きに来ない。歴史の中のいいものを残そうとしない風潮を感じる。今は野球もやったことないヤツがトレーニングコーチとか、バカかっちゅうねん。トレーニングコーチがベンツに乗る時代やで。ビックリやな。心臓が止まるまで走ればいいんや。限界に達したとき、足がもつれるのと心臓が止まるのと、どっちが先だと思う?

――心臓が止まると大変なので、足がもつれるほうでしょうね。

金田 そうだ、そのとおりや(笑)。足がもつれるのは、コンディションが悪くなる前兆なの。自分の体で判断できるのよ。そこまでやらないといかんし、普段の日常生活でも、体がダルくなったりするのは何かの病気の前兆なの。科学的にやらなくても、それは自然に身についているの。練習すれば体が教えてくれるのよ。

――金田さんはコンディションが悪いときはありましたか。

金田 そういうときは引っ込むの。その権利を持っていたからね。ローテーションで回ってきても、「今日はダメだ」ってときははっきり断る。「申し訳ない」とは言うたことないけど。体調が悪いときは、どんなにピッチングを立て直そうとしても、直らない。そこを見極めていかないと、投手交代はできないね。

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最終更新:10/8(火) 10:32
週刊ベースボールONLINE

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