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トヨタカローラという日本の大衆車 「80点主義+α」思考だった歴代モデルを振り返る

10/8(火) 18:40配信

Auto Messe Web

FRを採用した初代から4代目まで【前編】

 トヨタ・カローラは車名別世界生産台数1位をはじめ、日本国内販売台数累計1000万台(2015年)、世界生産台数累計4000万台(2013年)など、言わずと知れた数々のレコードを持つ大ベストセラー&ロングセラーカーだ。

シンプル・イズ・ベストな初代カローラの内装【画像】

 そんな輝かしい記録と50年以上の歴史を持つカローラは、2019年9月に12代目が登場。栄枯盛衰の激しい世界の自動車マーケットの中で、無類の販売実績を誇る歴代モデルを振り返ってみたい。

初代カローラ(1966年-1970年)

 1966年に誕生した初代カローラは、新車価格が43万2000円(大卒初任給が2万4900円)と、エントリーモデルのパブリカ(800cc/38万9000円)と、コロナ(1500cc/59万2000円)の間を埋めるモデルとして企画。日本の新しい時代の大衆車を目指した。名称の“COROLLA“は、英語で「花の冠」の意する。

 半年早くデビューしていた日産サニーを強く意識し、質実剛健な優良な小型車=サニーに対し、付加価値をつけて商品性を高める戦術を採用。エンジンは当初サニーと同じ1000ccで開発が進んでいたが、販売サイドからのオーダーで急遽1100ccにサイズアップ。このクラスの国産車では最初にフロアシフトの4速MTを採用し、フロントサスも国産乗用車としては初めてマクファーソン・ストラット式の独立懸架を取り入れた。

 そして広告には「プラス100ccの余裕」というキャッチコピーで大ヒット。ライバル車であるサニーに圧勝した。しかし、実際にはサニーの方が車重が軽くタイヤが細い分、直進性に優れ、走りの良し悪しでいえばサニーが上だったと言われている。

 しかし、わかりやすい「立派に見える」商品性でサニーは敗北。以後、約40年に渡り、カローラとサニーは熾烈な販売競争を繰り広げることになる。

二代目カローラ(1970年 - 1977年)

 カローラといえば特徴のひとつに、バリエーションが非常に豊富なこと。初代は2ドアセダンから始まり、4ドアセダン、2ドアクーペ、バンとバリエーションを増やしていった。2代目では2ドアクーペのカローラ スプリンターが登場したことで、カローラクーペとスポーティな「スプリンタークーペ」に枝分かれした。

 1年後にはスポーティーバージョンのカローラSRを追加。さらに1972年には、直列4気筒DOHCの2T-G型エンジンを搭載した「TE27レビン・トレノ」を投入する。TE27はもともと軽いボディをさらに軽量化したので、同じエンジンを積む初代セリカよりも、運動性能はずっと上だった。

 1969年に東名高速が全面開通したこともあり世の中は高速化、そして「スポーティ」が魅力になる時代を迎えていた。キャッチコピーは「ALL NEW カローラ」、「ちょっとうれしいカローラ」で売り込んでいったのである

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最終更新:10/12(土) 14:52
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