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ワイルドな難路に「なぜこんなところに……」秘湯中の秘湯が、執念の結晶だった話

10/8(火) 17:03配信

文春オンライン

次から次へと新しいことをやるから、いつもお金がなかった

――やはり、信一さんは先見の明がある人だったのでしょうか。

太一朗氏 どうでしょう。とにかく新しいこと、洒落たことが好きな性格だったことはたしかですね。「山崎旅館」も、こんな山奥ですけど、当時珍しかったジュークボックスを入れたり、結構凝った作りをしてあるんですよ。「岩間音頭」という音頭を作ってみたり。

 旅館にお客さんが来るようになって、ある程度形になっても、また次のことにお金をかけちゃう。次から次へと新しいことをやるから、いつもお金がなかったというようなことは聞いています。

旅館を継ぐことへの抵抗は?

――太一朗さんは3代目ですが、旅館を継ぐことに抵抗はなかったですか?

太一朗氏 いやあ、ずっと継ぐものだと思ってました。祖父が旅館を作るのに、どれだけ苦労したかさんざん聞かされて育ったから……洗脳されていたんでしょうか(笑)。

 それよりも、祖父をはじめとする家族が遺してくれた宝を守りたい、という気持ちが強いです。正直、経営の厳しさは感じているので。

――どのような難しさがあるのでしょう。

太一朗氏 昔は岩間温泉を結ぶ路線バスが走っていた関係で、「山崎旅館」に登山客の方がたくさん来てくださっていました。ですが、路線バスが廃線になり“足”がなくなると、来てくださる方が減ってしまった。

 一里野にも、一時期年間30万人のスキー客が来られていたのですが、バブルがはじけてからは客足が減り、昨年来られたスキー客は5万人ほど。

 でも、岩間温泉や一里野って、すごくポテンシャルのある地域だと思うんですよ。素晴らしい温泉もあるし、自然や食文化も豊か。それに、金沢市のすぐ近くなのに、こんなに雪が積もる。特に東アジアや東南アジアの方にとって雪見観光する場所としてのポテンシャルがあるんじゃないか、と。

――白山麓地域の魅力は、まだまだ発見されていない。

太一朗氏 ええ、心の底からそう思っています。最大の課題はやはり交通の便なので、僕の代で新たにバス事業なども立ち上げまして、未だに赤字ですが、こちらの売上はかなり伸びてきています。

 他にも、旅館でお出しする料理に地元のものやオーガニックのものをたくさん取り入れるなど、地域の宝をとにかく生かしていく方向に改革しているんです。

――太一朗さんにも、信一さんのような“執念”を感じます。

太一朗氏 僕なりに、祖父を意識しているようなところはあります。自分でも知らないうちに後追いしてたりしますが、人間の大きさ的にみても、自分は祖父には到底なれないな、と。

 祖父とはまた違う方法で、岩間温泉や一里野を盛り上げていきたいですね。

取材協力=白山ろくスローツーリズム研究会
写真=山元茂樹/文藝春秋

「文春オンライン」編集部

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最終更新:10/11(金) 12:18
文春オンライン

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