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「論理的」と「理屈っぽい」は違う。深く考えわかりやすく伝える論理思考

10/9(水) 6:31配信

ライフハッカー[日本版]

『深く考え、わかりやすく伝える力が身につく 論理思考大全』(西村克己 著、PHP研究所)の著者は、30年にわたり「問題解決」を専門とするコンサルタントとして活動してきたという人物。

つまり、世代も価値観も異なる多くのビジネスパーソンの悩みを聞いてきたわけです。

だからこそ断言できるのは、各人を悩ませる問題に絶対的な答えはないということ。

そして、その答えの見えない問題を解決するためには、知識だけでも、ひたすら考え続けるだけでも足りないというのです。

問題の奥に潜む「根本原因」をつかみ、限られた時間のなかで最大の効果をあげる解決策を優先的に選びとること。そして、それをシンプルに伝え、人を動かすこと。

これらの複雑で答えのない問題を解決していくための道具が「論理思考」なのです。さらに言えば、論理思考を「知っている」だけでは足りず、「使いこなせている」ことが重要なのです。(「はじめに」より)

そこで本書においては、論理思考のエッセンスをまとめているわけです。

きょうはPart 1「考え方」に焦点を当て、ベースとなる考え方を確認してみましょう。

「論理的」と「理屈っぽい」の違いとは?

「論理的」と「理屈っぽい」が混同されていることが多いと、著者は指摘しています。どちらも筋道が立っていることであるとはいえ、両者には決定的な違いがあるというのです。

「論理的」とは、第三者である聞き手や読み手にとって、「客観的に筋道が立っていること。いっぽう「理屈っぽい」とは、「自己満足的に筋道が立っていること」。

話し手(書き手)のなかでは話がつながっていたとしても、都合のいい話だけを並べていることが多いということ。

しかし聞き手(読み手)からすると屁理屈を並べているだけで、筋道が通っているようには感じられないはず。

たとえば話し手にとって都合のいい理由しか並んでいないとき、聞き手は話し手を「理屈っぽい」と感じることになるわけです。

論理的であるためには客観性が重要です。客観的とは、誰もが否定できないことです。1人よがりでは、主観的になってしまいます。相手をきちんと「説得」することが求められる場合、論理的であることが不可欠です。

話し手や書き手が「信用できない理由」「都合がいい話」だけを並べても、聞き手や読み手を説得することはできないでしょう。(14~16ページより)

聞き手や読み手に対し、「説得する理由」を飛ばして結論や主張だけを伝えようとしても説得できなくて当然。

たとえば社長が「わが社には組織改革が必要だ」と口にしたところで、社員たちには組織改革が必要な理由は伝わるはずもありません。

説得するためには、「なぜ組織改革が必要だという結論に至ったのか」の理由を説明する必要があるわけです。

説得理由など途中の説明が飛躍すると、話が伝わらなくなってしまうもの。なぜなら飛躍が多いと、相手に対して論理的に伝わらないから。

つまり「なぜならば」という理由をきちんと補足し、第三者が納得できる説明でなければ、論理的とはいえないということになります。

論理的ということばには、「結論や主張に至るプロセスが明確」という意味もあるのだそうです。

問題提起から結論や主張に至るまでのプロセス(手順)が、第三者につながったものとして理解されて初めて、論理的だといえるということです。(14ページより)

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最終更新:10/9(水) 6:31
ライフハッカー[日本版]

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