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現代人をむしばむ「愛着障害」という死に至る病

10/9(水) 5:25配信

東洋経済オンライン

 彼らにとって最も大切な存在が、彼らをあからさまに見捨てたか、かわいがっているふりをしていたとしても、本気では愛してくれなかったのだ。

 「本気で」とは、口先ではなく行動で、ということであり、彼らがそれをいちばん必要とした幼いときに、彼らのことを何よりも優先し、気持ちだけでなく時間と手間をかけてくれたということだ。大切な人が、彼らのことより他のことに気を奪われることがあったとか、自分自身のことや生活のことに追われて、どこか上の空であったというとき、幼い子は「自分はいちばん大切な存在だ」ということを味わい損ねてしまう。

 自己肯定感を持ちなさい、などと、いい年になった人たちに臆面もなく言う専門家がいる。が、それは、育ち盛りのときに栄養が足りずに大きくなれなかった人に、背を伸ばしなさいと言っているようなものだ。

 自己肯定感は、これまでの人生の結果であり、原因ではない。それを高めなさいなどと簡単に言うのは、本当に苦しんだことなどない人が、口先の理屈で言う言葉に思える。

 いちばん大切な人にさえ、自分を大切にしてもらえなかった人が、どうやって自分を大切に思えるのか。

 むしろ、そんな彼らに言うべきことがあるとしたら、「あなたが自己肯定感を持てないのも、無理はない。それは当然なことで、あなたが悪いのではない。そんな中で、あなたはよく生きてきた。自分を肯定できているほうだ」と、その人のことをありのままに肯定することではないのか。

 自己肯定感という言葉自体が、その人を否定するために使われているとしたら、そんな言葉はいらない。

■愛着障害がもたらす悲劇の恐ろしさ

 自分のことを何よりも大切にしてくれる存在を持てないことほど、悲しいことはない。大人であっても、それは悲しいことだ。だが、幼いときに、子どものときに、そんな思いを味わったら、その思いをぬぐい去ることは容易ではない。

 だが、それは、単に気持ちの問題にとどまらない。

 では、根本的な要因は何なのか。

 それに対する答えが、「愛着障害」なのである。

岡田 尊司 :精神科医、作家

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最終更新:10/9(水) 5:25
東洋経済オンライン

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