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危うい時ほど楽しい ユダヤに学んだ三菱ケミカル小林会長の生き方

10/10(木) 7:47配信

NIKKEI STYLE

人生100年時代を目指す日本。働き方も大きく変わろうとしている。現在、第一線で元気に生き生きと働き、人生を切り開いてきた「ウェルエイジング」な人々は働き方や生き方の参考になる。「人生100年時代の歩き方」では、そうした先達の仕事や人生への姿勢や考え方を紹介する。第1回は三菱ケミカルホールディングス会長の小林喜光氏。「緊張感を持って必死に生きることが健康法」と語る。

■ゲバ棒避けてイスラエル留学

「人生は退屈なもの。僕は暇が嫌いなので、忙しい方が充実している。しかも、へそ曲がりなので、危うい時のほうが心が騒ぐんだよ」と小林氏は笑う。
小林氏は2007年に三菱ケミカル社長に就任。積極的な企業買収を進める一方、大規模な事業撤退を実行。さらに事業を通じて環境・社会課題の解決、地球の持続可能な発展に取り組むことを主張する「KAITEKI」のコンセプトを掲げるなど、広い視野を持って経営に取り組んだ。
その行動力に社外からも声がかかり、東日本大震災後の12年に東京電力の社外取締役に就く。15年に三菱ケミカルホールディングス会長に就任すると、経済同友会代表幹事、会計不祥事の起こった東芝の社外取締役にそれぞれ就任した。周囲の人からなぜ火中の栗を拾うのかと問われるが、「頼まれたら断れない性格だから」と笑う。
すでに72歳だが、なお生き急いで見える小林氏。だがその人生はエリートビジネスマンとはほど遠く、研究者の道から28歳で三菱化成工業(当時)に転じるなど、回り道の方が長かった。
最初の人生の転機はイスラエル留学だ。東京大学4年生のとき、東大安田講堂事件が起こった。サルトルなど実存主義者の哲学書を読みあさり、「人は何のために生きるのか」と素朴な疑問を感じていたが、何百人の学生が徒党を組み「ゲバ棒」で暴れたところで解が見つかるとは思えなかった。そんな時、「日本人とユダヤ人」(イザヤ・ベンダサン著)に心を奪われた。流浪の民と呼ばれたユダヤ人は、天才的な人材を輩出し、世界の歴史に大きな足跡を残した。物理学者のアインシュタイン、精神分析学を創始したフロイト、思想家のマルクスもそうだ。

金融やITメディア界でも、ユダヤ人の存在感は高い。ロスチャイルドなど金融資本家も次々生み出し、最近ではフェイスブック創業者のザッカーバーグ氏がユダヤ系の起業家として知られる。
小林氏は、「ユダヤ人は約1400万人あまりで、その割合は世界人口の0.2%でしかないが、ノーベル賞受賞者の23%を占めるといわれる。なぜこの民族はこんなに優秀なのだろう」と興味をいだいた。
留学したのはイスラエルのエルサレムにあるヘブライ大学だ。アインシュタインも創立を支援した名門校だ。東大大学院では光・放射線化学を専攻していたが、ヘブライ大学にはその分野の最高峰の研究者が集い、かれらは米欧のトップ大学と行き来しながら研究を究めていた。

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最終更新:10/10(木) 7:47
NIKKEI STYLE

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