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「ポケベルが鳴らなくて」「ブルった」ポケベル全盛期だった90年代

10/11(金) 15:47配信

女子SPA!

 かつて一時代を築いた通信ツールである、ポケットベル。遂に、いえとうとう9月30日にサービスが完全終了の運びとなりました。秋葉原で行われた「みんなのポケベル葬」では、約300人がその功績を偲んで手を合わせたとか。ポケベル全盛期にジャストで女子高生だった筆者にとっても、非常に感慨深い出来事です。

ポケベルとは……

 日本でポケベルは、1968年に日本電信電話公社(現NTT)がサービスを開始させました。最初は、呼び出しを受信したら、近くの電話から連絡しなければならなかったポケベル。会社からの呼び出しにドキドキしながら、最寄りの公衆電話へ向かった人も多かったことでしょう。

 そんなポケベルも次第に進化を遂げ、数桁の数字がやりとりができるようになってからは、暗号のような語呂合わせが流行しました。「みんなのポケベル葬」の遺影にも「1141064(愛してるよ)」と表示されていましたね。

 半世紀という長い歴史に幕を閉じたポケベル。「ポケベルが鳴らなくて」というタイトルの名曲&ドラマや「ブルった」などCMでの名台詞も生まれ、90年代を代表するムーブメントと言っても過言ではありません。そこには青春時代の甘酸っぱい思い出がいっぱい。そんなわけで、今回は筆者と同世代のアラフォー女性たちに「ポケベルにまつわる思い出」を緊急取材。今のスマホ全盛では考えられないエピソードの数々……懐かしむか斬新に感じるかは、世代次第でしょうが。

忌まわしき黒電話

 現在40歳のF田さんは、高校2年生の時に初めてポケベルを手にしたそう。周りの友達に比べるとだいぶ遅めのデビューで、「必要ない」と言い張る親をどうにか説得した結果とのことです。

 というのも、F田さんの自宅にあった固定電話はプッシュ式ではなく、当時でも既に遺物と化していたダイヤル式の黒電話。つまり自宅でメッセージを受信しても、すぐに返答することが出来ず、その度に徒歩数分のところにある電話ボックスに駆け込んでいたわけです。

 しかし、自宅が未だに黒電話であることが恥ずかしくて友達に言えずにいたため「F田はベルの返しが遅い」と非難されることもしばしば。ようやく自宅にプッシュ式の電話が導入された頃には、すでにPHSが台頭し始めており、F田さんは華のポケベル全盛期を満喫出来なかったことを今でも悔やしく思い出すとか……。

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最終更新:10/11(金) 15:47
女子SPA!

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