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「米大統領に飲んでほしい!」 飛騨で酒造りに奮闘、米国人の蔵人

10/12(土) 17:12配信

NIKKEI STYLE

外国人観光客に人気の岐阜・飛騨高山。その高山市に隣接する飛騨市で9代続く蔵元・渡辺酒造店は東は乗鞍岳・穂高岳、西は白山連峰に囲まれた高冷地にある。冬場は氷点下15℃まで下がる厳冬の地で、毎年1~2月は雪で蔵がすっぽり埋まるほど。そこで醸される酒は低温長期の発酵を経て、きめ細やかで香りよい酒になる。
渡辺酒造店の「蓬莱 上撰」は2017年、世界的なワインの品評会であるインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)オーディナリー部門にて金賞&グレートバリューを獲得し、伊勢志摩サミットで海外の貴賓客に振る舞われた。このほか、数々の受賞酒を生み出しているのが渡辺酒造店だ。
蔵人は現在13人。今年で酒造り15年目を迎える米国人のブレイズ フォード・コディさんもその一人だ。飛騨の女性と結婚して蔵に入り、今では副杜氏(とうじ)として立派に蔵をリードしている。
さらに14年から外国人向けの日本酒の開発にも着手。その名も「Cody’s Sake(コディズサケ)」。18年には「全国推奨観光土産品審査会」のグローバル部門にて、「Cody's Sake」が日本酒では唯一となる特別審査優秀賞に輝いた。

「いつか米大統領に私の日本酒を飲んで欲しい!」と流ちょうな日本語で夢を語るコディさん。外国人にも日本酒をもっと楽しんで欲しいと、「Cody's Sakeのラベルは外国人の蔵人として記念になるようなオリジナルのデザインを考えた」(コディさん)。
漢字の銘柄だと日本らしくて格好はいいが、外国人は全然読めず、その意味も分からない。そこで米国の星条旗を連想させるような赤と青のデザインに、コディさんの実印を刻印させた(上の写真中)。斬新なラベルデザインで「Cody's Sake」は日本国内でも話題になり、後から国内販売もスタートした。
「NINJYA」(上の写真右)は忍者をイメージしたデザイン。「フルーティーだけど後味はキレが良い純米酒で、まるで逃げ足が速い忍者みたいなので命名しました」とコディさん。忍者が戦っているような手裏剣入りの、遊び心あるデザインが外国人に好まれている。
同社の酒は米国に加え、英国、香港、シンガポール、オーストラリア、中国に輸出しており、各国の日本大使館にも置かれているという。「海外に日本酒人気を浸透させるにはとても時間がかかる」とコディさんは話すが、直近3年間で、同社の海外売り上げは約2.5倍となった。中国やオーストラリアへの輸出が増えており、今後は東南アジアや南米にも輸出していく予定だ。


17年、コディさんは米国各地を訪問した。米国人のために開発した自分の日本酒はどのように受け入れられるのか、確かめながらプロモーションするためだ。味は日本酒らしいオーソドックスなものに仕上げ、パッケージだけ外国人向けに斬新なものに変えた。
「見たことない日本酒のラベルに、みんな興味津々でしたね。熱かんとはまた違うニューウェーブとして、米国人が醸した日本酒を受け入れてくれました」とコディさん。今、米国では香草などでフレーバーをつけたインフルージョン酒も作られるなど、日本酒のニューウェーブが登場しており、コディさんの酒はその一つとして認知されている。
「日本酒だから和食に合わせる、でなくてもいい。まだ組み合わせたことがないだけで、実はペアリングしてみたらすごくおいしいということもあるかもしれません」とコディさん。本人も来日した当初は、刺し身や納豆が食べられなかった。しかし周囲が「納豆もおいしいよ!」とすすめてくれたので、トマトとチーズを納豆に加えて食べたらおいしいことに気づいたという。

「今は米国に戻って、地元のものを食べても逆にあまりおいしく感じなくなってしまった。日本の食事の方が断然おいしい」と笑うコディさん。味覚は食体験によりどんどん開発されてくるものとコディさんは実感している。
だから、訪日観光客や外国人のビジネスパートナーなどにも、刺し身や魚卵を「これもおいしいからぜひトライしてみて」と積極的に勧めた方がいいのでは、とアドバイスする。最初は苦手でも、彼らに日本の食文化を知るきっかけを与えることができるかもしれないからだ。
日本酒をワイングラスで提供することにも、コディさんはちょっと疑問を感じている。「先日、外国人の方に、なぜ日本の酒なのにグラスワインで味わうのですか?」と逆に質問されて気づいた。「私の考えではありますが、ワインのようなフルーティーで飲みやすい日本酒からスタートするよりも、最初からガツンとインパクトのある純米酒や生酛(きもと)・山廃系などからおすすめするのもいいのでは?と思います。外国人は複雑味がある力強い味が好きなので」(コディさん)


コディさんは今年も秋・冬の時期は蔵にこもって酒造りに励む。昨年は副杜氏になって、生酛造りに挑戦した。今年は山廃造りに挑戦したいと意気込む。社内の杜氏の資格や南部杜氏協会の試験を受けて資格を取ることが当面の目標で、まだまだ勉強中だという。
コディさんが日本酒デビューしたのは29歳の時。当時は将来日本で蔵人になるとは夢にも思わなかった。その後、日本人女性との結婚を機に来日。正月に義父と日本酒で晩酌した際、日本酒にはどっしりとしたうま味があり、香りもフルーティーなものからキャラメルのようなものまで幅広く、製造法もいろいろと、奥深さを知ることになった。
日本酒はコディさんの趣味の一つになったが、やがて情熱が膨らみ、蔵に入ることを決意。最初の数年は大変だったと振り返る。「当時130キロの体重が一気に30キロ減りました。妻も蔵の社長も私のことをとても心配していましたね」
毎朝4時に起きて、極寒の中、重労働を続ける日々。中でも一番大変だと感じたのはメンタル面だった。「海外では何でも自己主張するのが当たり前。でも日本は違った。自分の意見は言わず、黙って仕事を覚えるのが先。蔵に入って8年目のある日、釜屋(蒸米係)を任せてもらえるようになって、ようやく一人前として認めてもらえたことが分かって、とてもうれしかった」(コディさん)と語る。

「酒造りはチーム力が命。日本人蔵人の中に、未経験の外国人を迎え入れた渡辺酒造店の決断は大変リスクがあり、大きな選択だったに違いない」とコディさんは想像する。今でも「感謝を忘れず、少しでも周囲の役に立てるよう、さらに蔵の仕事に精を出していきたい」と話す。
コディさんには「いつかコディズバーを地元にオープンさせたい」というひそかな夢がある。外国人観光客も多い飛騨で、鶏ちゃん焼きや豆腐ステーキ、漬物ステーキといった郷土料理を外国人向けにフュージョンさせた料理に、自分の日本酒を合わせたいのだ。
飛騨にきた訪日客や日本人がコディさんの酒で乾杯し、米大統領が「Cody's Sake」を楽しむ日が来れば、とコディさんの夢は果てしなく広がる。
(国際きき酒師&サケ・エキスパート 滝口智子)

最終更新:10/13(日) 7:47
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