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アマゾンとセブン-イレブン

10/12(土) 5:00配信

商業界オンライン

  アマゾンのロングテールについては、アマゾンの脅威が語られ始めた時から、さんざん論じられている。それは1.面積と時間、という2つの大きな制約のある実店舗と違って、ネットだから、事実上無制限の品揃えができる、2.のみならずネットは、古書に典型的なように、他ならぬ実店舗の在庫まで、そのテールに含むことができる、という事実を指したものである。

 米国ウォルマートのスーパーセンターは、史上初めて実店舗において、1.これ以上大きな店舗面積は、採算上もお客の便利の都合からも、ギリギリと思われる面積を取り、2.しかもそこにエブリデイライフに必要な品種と、それぞれの品種について必要な品目を網羅し、それによって圧倒的に支持された事例を創った。

 それまでは、スーパーマーケットは食品とグロサリーのみ、シアーズは食品無し、Kマートはその「ドライ商法」で品目過少と、それぞれ実店舗(もちろんネットは存在していなかった)の限界に挑戦したが、いずれもウォルマートほど完璧な「実店舗アソートメント」を実現することはできなかった。

 ウォルマートが決定的に「米国中低所得層」というカスタマーを創造したのは、このアソートメントによる。なぜならデータ先行、あるいはビッグデータ依存の思考パターンから逃れられぬ「マーケティング思考」が、常に勘違いするように、先にカスタマーが存在するのではない。どんな場合もまずアソートメントあるいは品揃えあるいは業態あるいは店舗があって初めて、それを機縁にして初めてカスタマーが生まれる。

 カスタマーは、創造されるもの、あえていえば「躾けて生まれる」ものであって、「いる」ものではない。マーケティング思考は、そのことを見落とし、カスタマーは既に存在する、という無意識の前提に立ち(確かに過去のデータであるコンシューマーならあらかじめ存在する)、ひたすら過去のデータを漁る。過去のデータを集積すればカスタマー像が浮かび上がる、という幻想を信じているからである。

 といってカスタマーは、「おもてなし」その他の精神や心構えや創業の精神や商道順守があれば、創造できるのではない。そこで生まれるのは正確にいえばカスタマーではなく、得意客・常連客である。カスタマーは、もっと物理的な状況が整うことで、初めて生まれる。精神主義に過度に傾くことは、この現実を理解する妨げにしかならない。

 さてウォルマートはこの決定的アソートメントの実現で、カスタマーを創造した。ウォルマートに匹敵するカスタマー創造は、モールと呼ばれるショッピングセンター、あるいはホームデポをはじめとしたカテゴリキラー、そしてファストファッション専門店チェーン、ウェグマンズ他のミールソリューション型スーパーマーケットなど、他にもあるが、ここではさておく。

 だがネットが出現してみると、どんな実店舗も面積と時間の制限にとらわれているというそれまで誰も気付かなかった現実が露わになった。というより、ネットの出現で人々がネット思考に陥り、実店舗を制約と見なす視点が定着してしまった、そう「躾けられて」しまった、というべきである。そのことを明らかにするには、セブン-イレブンを見ればいい。あえてネット的思考パターンでいえば、セブン-イレブンこそその制約を可能な限り克服した事例である。セブン-イレブンは、この実店舗の制約の克服策を、当然ながらネットを意図せずに、さまざま考え出した。

1.24時間営業は12時間営業に比べ、事実上面積を2倍にする効果がある。

2.時間帯ごと品揃えとは、仮に0時にした品揃えを24時まで続けた場合と比べると、さらにそれを24倍することになる。

3.「配達(出前)」は、事実上面積と時間の拡大である。

4.個店発注は、さらにムダな品揃えを排除し、画一本部発注に比べ、品揃えをその商圏でのカスタマー創造に見合った、より的確な行き届いたロングテールにする。

5.品種品目ごとの小サイズ品揃えと陳列量の制限(すなわち棚の奥行きの短縮)は、さらに活用できる面積の拡大、すなわち品揃えの活用に結び付く。

6.さらにそれらのアソートメントの、他の多くの「チェーン」のような、ナショナルブランドのイミテーション廉価版であるピービーではなく、セブン-イレブン独自のストアブランドによる実現は、カスタマーを創造し、店舗活用の道を開いた。

 こうしてみると、セブン-イレブンがいかに実店舗の制約を、実店舗をやりつつ拡大してきたか、よく分かる。通常のネット・実店舗対比論では、単にネットのメリットが強調されるばかりで、このような実店舗のフル活用は全く考えられもせず、論じられもしない。同様にネット意識過剰な論者は、苦し紛れに実店舗の生きる道を、「人間」に求めたりする。その典型が「おもてなし接客」論であり、商店街店舗での来店客との個人的会話を重視する「会話接客論」である。

 だが私にいわせれば、それは「ネットという視点」からしか、店舗を見ていない「ネット論者」だからである。それは「ネットにないもの・できないこと」という固定されてしまった視点から、出された結論である。それは同じ「デマンドチェーン」でも、ウォルマートのそれが店舗在庫のできる限りのコストダウンから考えられているのに対し、セブン-イレブンのそれが「個店経営」というカスタマー創造の視点から考えられているのと、好一対である。

 セブン-イレブンは、ネットと全く無関係に、小商圏で小店舗は、この2つの制約を超えて、何ができるか、と考えた結果の、結論である。だからこそ本当の意味で、「実店舗」の持つパワーを、いかにフルに発揮するか、いや実店舗という「装置」を、いかにフル活用できる「仕組み」を作るか、いやそのために「人間」の力をいかにフル活用するか、引き出すか、を考えに考えた末に独創することができたのだ。

 同様に人々が「無人店舗」と称する「無人売場」に脅威を感じるのも、ネット思考にとらわれるのと同じ、錯覚からである。アマゾンがやっているのも、JR東日本が模倣したのも、「無人店舗」ではなく「無人売場」に過ぎない。その装置のコストの大きさよりも大きいのは、その商品補充・管理にかかる莫大な人手である。それは、無人どころか有人なのである。それは商品供給担当以外の人手を要しない、自動販売機の、店舗への「退化」に過ぎない。だが人々は「無人店舗」というマジックワードを聞くと、途端に思考停止に陥ってしまう。そこで実態のない「無人店舗」というコトバが一人歩きする。

 とすればアマゾン・エフェクトとは、アマゾンに売上げシェアを奪われることではない。このように「思考回路」が、「アマゾンにできないことは何か」とアマゾンにとらわれて考えてしまうことこそ、真のアマゾン・エフェクトである。

 アマゾンを論じる凡百の論者は、その時点で既にアマゾン・エフェクトの傘の下に入って思考しているのだ。

 

本稿は島田陽介先生のアドレスにアクセスした方に「今月の提言」の形で送っているものの加筆訂正版です。

島田 陽介

最終更新:10/12(土) 5:00
商業界オンライン

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