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岡田健史、情熱を語る。少年時代を捧げた野球、俳優になりたいと思ったワケ

10/13(日) 17:03配信

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今年5月にハタチになった岡田健史さん。6月にはLAと日本で撮りおろしたファースト写真集の発売をした。8歳から始めて11年間続けた野球のこと、「俳優になりたい」と思ったきっかけ。自身の中にある情熱をたっぷり語ってもらいました。

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少年よ、大志を抱け ――

スタイリストが連れてきた犬の名前は“太志”。犬としては、そろそろおじいちゃんだ。太志は、この日初めて出会ったはずの健史くんによく懐き、とてもよく言うことをきいた。春の日差しは、ゆっくりと傾き、春の時間は、ゆったりと過ぎてゆく。健史くんはこの日、残された19歳の日々を悔いなく過ごすために、犬の太志と、心でいろんな話をした。おじいちゃん犬は、きっとこう言って、健史くんを励ましたに違いない。

目の前には、青い海が広がっていた。深い深い青だった。空を見上げれば、そこにもまた果てしない青。大陸棚が広がり、対馬海流が流れている世界有数の漁場である玄界灘、その青と青の境目を、観光客を乗せた船が進んでいく。
少年はワクワクしながら、デッキから身を乗り出して、全身に海風を浴びていた。遠くに、ぼんやりと島が見えた。「お父さん! 向こうに島が見えるとよ。ねぇ、あれがアメリカ?」 周りにいた観光客が、一斉に愉快そうに笑った。少年の父は、「しっ!」と言って、慌てて少年の口を塞いだ――。

少年時代の11年間を捧げた野球

8歳から野球を始めた。以来、高校野球部を卒部するまでの11年間、頭の中は野球一色。野球のことだけを考えて生きてきた。そのせいだろうか。8歳になるまで家族でどこに遊びに行ったか、どんなところを旅行したかという記憶が、ほとんど残っていないという。

「野球をやる前は、両親はいろんな場所に、旅行に連れて行ってくれたらしいんですが、その頃の記憶がないんです。ただ、両親から聞く、自分の幼少期の話はすごく面白い(笑)。昔のアルバムを見ながら、『この時は~』って説明してくれたりすると、この玄界灘のエピソードもそうですが、僕自身が、『あ~、小さい頃の自分に会いたいなぁ』って感じる。『自分が好き!』というわけじゃなくて、『そんな子供がいたら面白いだろうな』って。シンプルに、そう思うんです(笑)」

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最終更新:10/13(日) 17:03
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