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ラグビーW杯 高校時代の恩師が語る主将リーチ マイケルの素顔

10/14(月) 16:01配信

FRIDAY

持ち場のタッチライン際でボールを持つ。スタンドからの「リーーーーチ!」というコールを浴びながら、鋭いランニングを繰り出す。

姫野、松島、リーチ、流……写真で振り返る予選プール感動の軌跡

ラグビー日本代表のリーチ マイケル主将は、この夜もフルスロットル。守っても後半32分に退くまでに、12本のタックルを繰り出し、ついに歴史を動かした。

10月13日、神奈川・横浜国際総合競技場。ワールドカップ日本大会の予選プールA最終戦で、日本代表がスコットランド代表を28―21で制して4連勝を遂げ、初の決勝トーナメント進出を果たした。

「今回の勝因は準備。来週も勝つ気で行きます。勝つ気で準備していきます」

準々決勝への意気込みをこう語るリーチは、2大会連続で日本代表の主将を務める31歳。ニュージーランド出身で、2014年に日本国籍を取得している。身長189センチ、体重105キロのフランカーとして、鋭さとしなやかさとしぶとさを表現する。

「日本の救世主。いつも思っています。まさかこんな時代が来るとは思ってもみなかったです」

地元紙などの記者に囲まれ目を細めるのは、佐藤幹夫。リーチが青春を過ごした札幌山の手高ラグビー部の監督だ。前日の台風の影響で飛行機に乗れるかわからなかったものの、キックオフ15分前には試合会場へ到着。南ゴール裏1階席で熱戦を見つめた。

「『将来、日本代表になれ』とは言っていましたけど、主将になってここまで皆を熱くさせてくれるなんて…。日本全国がマイケルを応援してくれる。それが本当に嬉しいです」

北海道時代のリーチの物語は、佐藤やリーチ本人の言葉をもとに各所で報じられてきた。リーチが佐藤に「びっくりドンキー」のハンバーグをごちそうになった話、リーチの実家が火事になった時に佐藤が巨額の募金を集めた話、全国大会で留学生のいるチームに負けたリーチが死に物狂いで身体を鍛えた話……。いまのように強い言葉で周りを引っ張る姿は「(当時は)全然、ないですよ」と佐藤は笑うが、いまにつながる資質をこう思い返していた。

「皆の力になれなくて申し訳ない…みたいな、責任感は強かったと思います」

折に触れてリーチの代表戦へ駆け付ける佐藤は、日本大会開幕後も本人とLINEでやり取りをする。

札幌山の手高の現役部員が日本代表のチームソングの『ビクトリーロード(カントリーロードの替え歌)』を歌う動画を送れば、「ありがとうございます!」と返事をもらう。「飛行機が飛べば応援に行くので頑張れ!」とメッセージを記せば、まもなく力強いスタンプを受け取った。

リーチはロシア代表との開幕戦では本調子に程遠く、次戦ではベンチスタート。しかし、そのゲームでは前半30分から登場して攻守に活躍。世界ランク2位だったアイルランド代表を19-12で打ち崩した。続くサモア代表戦ではスターターに復帰し、スコットランド代表戦では開幕戦以来のゲーム主将を任された。

そのプロセスを、佐藤はこう見ていた。

「(ロシア代表戦では)結構、疲れているなと思って。ジェイミー・ジョセフヘッドコーチはその辺もちゃんと見ているなと感じました。(ゲーム主将を外したのは)負担を減らそうということだったと思います。本人にとってはショックだったろうけど、結果的にはよかった。出た時のパフォーマンスは、すごかったから」

スコットランド代表戦当日のリーチの働きは、多くの国民が見た通り。日本ラグビー界の命運を分ける一戦で、恩師、仲間、自分自身の期待に応えた格好だ。

途中出場したヴァル アサエリ愛によれば、リーチは試合前の段階で「今週スコットランド代表に勝って、次はベスト4に行こう!」と話していたようだ。20日の東京スタジアムでの準決勝では、イングランド大会でも倒した南アフリカ代表とぶつかる。船頭役の日本ラグビー界への「責任感」は、増すばかりだろう。



取材・文:向風見也
スポーツライター。1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとして活躍。主にラグビーについての取材を行なっている。著書に『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー 闘う狼たちの記録』(双葉社)がある

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最終更新:11/15(金) 12:36
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