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【男子バレー】またとないチャンスをつかんだ男 山内晶大 アーカイブ『アスリートの肖像』

10/14(月) 12:01配信

バレーボールNEXt

バレーボールNEXt本誌において、ほぼ1年おきに連載している『アスリートの肖像』。石川祐希、柳田将洋、山内晶大、高橋健太郎。4年前のワールドカップで、当時の南部正司日本代表監督が命名した“NEXT4”の4選手を、バレー界を見続けたジャーナリスト米虫紀子氏が取材、執筆した企画の第1回の記事を、ここに掲載します。
最終回は、山内晶大です。
※本文中の肩書き、所属はすべて2015年当時のものです。

信じられなかった初の日本代表入り

 バレーボールを始めてから約5年で全日本デビューを果たした“シンデレラボーイ”山内晶大(愛知学院大4年)。
 大学3年だった2014年、初めて日本代表に選出された時は、「びっくりして、本当のことだと思わなかった」と真顔で語っていた。初めて参加した全日本合宿ではどこか所在なさげだった。
 しかし代表2年目の昨年は、もう当たり前のようにそこにいた。
 技術はまだ荒削りで、体の線も細い。しかし長い腕をいっぱいに伸ばしてボールを捉えた時のクイックは、悠然としてスケールの大きさを感じさせる。

シンデレラストーリーはある出会いから始まった

 204cmという身長があればこそのシンデレラストーリーだが、とんとん拍子の代表入りは、「出会いのおかげ」だと山内は言う。
 山内がバレーを始めたのは、名古屋市立工芸高校1年の5月だった。
 中学ではバスケットボールをしていたが、高校では続けなかった。細身の山内は、ボディコンタクトのあるバスケットは高校では厳しいと考えたからだ。
「中学ではそれほど体格のいい選手はいなかったけど、高校ではフィジカルの差が大きくなるので」
 とはいえ、身長は当時から182cmあったため、バレーボール部の志水洋監督に誘われ、入部した。
「バスケをしていただけあって、ボールに合わせて動く能力に長けていて、ブロックのタイミングもよかった」と志水監督は当時を振り返る。
 山内の身長は伸び続け、2年では192cm、3年の春には198cmになった。
「大きい選手がいますよ」と聞き、山内を見に訪れたのが、愛知学院大学の植田和次監督だった。これまでに多くの選手をVリーグに送り出してきた経験豊富な指導者だ。植田監督は、山内に出会った時のことをこう明かす。
「その場でブロックのステップを3種類くらい教えて跳んでもらったら、普通に、ちっちゃい子と同じように跳ぶんで、あ、こりゃすげーなーと思ってね。これは面白くなるかもしれないなと思って、スカウトしました」
 高校卒業後は就職しようと考えていた山内だったが、植田監督に誘われ、愛知学院大に進んだ。
 そして、大学3年の時、就任したばかりの南部正司監督によって全日本に抜擢された。

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最終更新:10/14(月) 12:03
バレーボールNEXt

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