ここから本文です

レディ・ガブリエラ・ウィンザーについて知っておきたい7のこと

10/14(月) 23:01配信

コスモポリタン

今年5月に結婚式を挙げた、エリザベス女王のいとこであるマイケル・オブ・ケント王子の長女、レディ・ガブリエラ・ウィンザーについて知っておきたい7つのことを『Harper's BAZAAR』から紹介。

【写真】レディ・ガブリエラ・ウィンザーの結婚式に集結したロイヤルメンバーたち

父親はエリザベス女王のいとこ、マイケル・オブ・ケント王子

ガブリエラ令嬢は1981年4月23日、エリザベス女王の従兄弟であり、フィリップ殿下の従甥にあたるケント公爵マイケル・オブ・ケント王子と王子妃マリー・クリスティーヌの第2子として誕生。2歳年上の兄に、フレデリック・ウィンザー卿がいる。フルネームはレディ・ガブリエラ・マリナ・アレクサンドラ・オフィーリア・ウィンザーで、家族や友人からは“エラ”と呼ばれているという。マイケル・オブ・ケント王子の父で、ガブリエラ令嬢の祖父であるケント公爵ジョージ王子は、エリザベス女王の父、ジョージ6世の弟である。

マイケル・オブ・ケント王子が公務に携わることは少なく、普段はコンサルタント会社を経営し、ロシア語の通訳や多くの慈善団体や事業者団体の支援なども行っている。

母親はときどき物議を醸す、マイケル・オブ・ケント王子妃マリー・クリスティーヌ

ガブリエラ令嬢の母マイケル・オブ・ケント王子妃は、元マリー=クリスティーネ・アナ・アグネス・ヘートヴィヒ・イーダ・フォン・ライプニッツ男爵令嬢だったが、マイケル・オブ・ケント王子との結婚の際に夫の王位の称号を授かっている。彼女がカトリック教徒であったため、かつての1701年王位継承法によりマイケル・オブ・ケント王子は結婚の際に王位継承権を失ったが、その後、2013年王位継承法での改定により現在は再び継承権は復活。

“でしゃばり夫人(Princess Pushy)”と揶揄されることもあるマイケル・オブ・ケント王子妃は、ロイヤルファミリーの中で最も物議をかもす人物の一人で、『ピープル』誌によれば、人種差別的な発言でたびたび批判されている。とくに有名なのは、2004年、ディナーの席で騒いでいたアフリカ系アメリカ人のグループに「コロニー(植民地)にお帰りなさい」と文句を言ったことや、バッキンガム宮殿で開催され、メーガン妃も出席したクリスマスランチに、「Blackamoor(ブラッカムーア)」と呼ばれる黒人女性が彫られたブローチ(現在は人種差別の意味で受け取られる)を着けていたこと。ともに世間からは厳しく非難され、どちらのときも、王子妃は後に謝罪している。

1/2ページ

最終更新:10/14(月) 23:01
コスモポリタン

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事