ここから本文です

無意味な金融政策を推す「主流派経済学」の功罪

10/16(水) 15:00配信

東洋経済オンライン

何年やっても効果が出ない金融政策。その原因は主流派経済学にあるのではないか──。市場サイドからの弾劾に経済学者はどう応えるか、応えられるのか。『経済学はどのように世界を歪めたのか 経済ポピュリズムの時代』を書いたSMBC日興証券チーフ金利ストラテジストの森田長太郎氏に聞いた。

この記事の写真を見る

■主流派経済学の問題

 ──静かな怒りが伝わってきます。

 市場は社会において重要な役割を担っています。金利を通じて政策を見てきましたが、この10~15年、量的金融緩和(QE)のような市場の機能を封殺する動きには大きな疑問を持ち続けてきました。

 ──主流派経済学の何が問題? 

 源流である新しい古典派は、抽象化に秀でたユダヤ系の人々が中心となって、社会を機械のような物理的構造と考え、精緻な数理モデルを構築した。その有効性は否定しませんが、あまりに現実と乖離してしまった。また、フリードマン流の徹底的な自由信奉の経済思想は政府の介入である財政政策を排し、経済政策としては貨幣量のコントロールを重視しました。

 ところが、もう1つの構成勢力であるニューケインジアンは、好不況には金融政策が有効という立場。貨幣中立論と金融政策万能論が同居するという矛盾がある。1970年代来のインフレが終息して影響力は落ちたのですが、日本のバブルが崩壊して……

 ──“ジパングの発見”ですね。

 1990年代に起きた日本のバブル崩壊は、先進国での本格的な金融バブル崩壊としては大恐慌以来の事例でした。遠く離れていても欧米先進国と極めて類似した構造を持つ日本経済で起きたデフレ的状況は、主流派経済学者にとってアドバイスの対象になりうると思ったのでしょう。大恐慌研究や彼らがつくり上げてきた金融政策理論の成果を日本の経済政策で試そうと、しきりに働きかけてきたのは周知のとおりです。

 ──リフレ派の援軍になった。

 1990年代前半のマネーサプライをめぐる「岩田(上智大学)‐ 翁(日本銀行)論争」のとき、多くの実務者は、「日銀が貨幣供給量を増加させれば、なんて、経済学者は単純なことを言うなあ」と思っていました。ところが、金融政策に限らず、日本は欧米の理論に弱い。また、最終決定をする政治の側でも金融緩和を受け入れる素地があった。

 政府は2001年に「デフレ=物価下落」と定義しました。これは「デフレ=悪=金融政策の責任」といった考え方につながっていきました。デフレの定義は政治家や官僚などの手詰まり感を反映したように思います。問題が極端に単純化されてしまったのです。

1/3ページ

最終更新:10/16(水) 15:00
東洋経済オンライン

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事