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【嵐山光三郎氏書評】折口信夫と過ごした濃密で密やかな時間

10/18(金) 7:00配信

NEWS ポストセブン

【書評】『最後の弟子が語る折口信夫』/岡野弘彦・著/平凡社/2600円+税
【評者】嵐山光三郎(作家)

 折口(歌人の筆名は釈迢空)は女を近づけず、終生妻を持たなかった。愛弟子に囲まれて六十六年の文学的生涯を終えた。最後の弟子岡野弘彦は、九十五歳となり、「これだけは書き残しておきたい」という一念で、この一冊を仕上げた。折口は冥界からの使者といった気配があり、それを白秋は「黒衣の旅びと」と言い、三島由紀夫は「古代の語部」と同種の「暗い肉体的宿命」と評した。

 折口は講義や講演をするとき、ノートや資料を持っていかなかった。原稿は口述筆記で、多くは深夜の時間。六十代の折口と、二十代の岡野と、親子というよりは祖父と孫ぐらいの年齢差であった。そのふたりが向かいあって『万葉集』『古今集』『新古今集』の名歌に没頭する。折口が低い声でぽつりぽつりと口訳し、岡野が筆記していく。なんと濃密でひそやかな時間だろう。

 折口は文学報国会の席で、高級将校と激しく対決した。陸軍や海軍が事実を曲げて報道することを戒めた。軍人が怒って粗暴になると、冷静に鋭くなり、その弱点を衝く人であった。所作がやさしく見えたが、本当に怒ると不動明王のような相貌となり、額の青痣が焔のように燃えた。そのため「妖婆折口」と蔭でけなす人がいた。室生犀星は、折口の端麗な顔の鼻筋の左側に、したたるようにある青痣に心を呼せ、

 痣のうへに日は落ち
 痣のうへに夜が明ける、有難や。

 と書いた。

 岡野弘彦は、宮中新年歌会始の選者となり、御用掛を二十年余務めた。戦後から変化していく天皇皇后の和歌もこの本の読みどころである。各章の活字から、岡野弘彦の魂が、花ふぶきのように舞い、鬼気迫ってくる。

 三重県と奈良県の接する山村にある若宮八幡神社の三十四代神主の子として生まれ、神主を継ぐべきか歌人として生きるかの葛藤もセキララに語られる。いままで書けなかった「かなしい村」の話。意を決して、祈りをこめて告白する終りの一章にも心うたれる。

※週刊ポスト2019年10月18・25日号

最後の弟子が語る折口信夫

最終更新:10/18(金) 7:00
NEWS ポストセブン

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