ここから本文です

明治維新には、多くの“西郷どん”たちの必死の努力の集約がある vol.3

10/18(金) 8:03配信

Meiji.net

明治維新には、多くの“西郷どん”たちの必死の努力の集約がある vol.3

落合 弘樹(明治大学 文学部 教授)

今年は明治維新から150年の節目です。明治維新の英雄、西郷隆盛を主人公にしたNHKの大河ドラマが話題になったりしていますが、実は、戦後歴史学では、明治維新はあまり高く評価されていません。それは、なぜなのか。あらためて、明治維新の特徴を考えてみましょう。

◇多くの様々な人たちのたくさんの努力を積み重ねた集約が明治維新

こうした武家社会の改革がある一方で、庶民の生活の変化は、かなり緩やかでした。その理由は、江戸期を通して、工業や商業の技術が高度に熟成されていたことがあります。

例えば、様々な職人技の蓄積は近代工業の技術に置き換えることが可能であったり、商人の世界では為替や先物取引などの制度がすでに発達していて、そのまま資本主義の原型になるような形になっていました。

つまり、江戸期の習慣や制度などを単純に引き継いだのではなく、それが近代社会に役立つからこそ継承したのです。明治維新には、大きな社会変革が行われた部分と、江戸期から継承された部分と、その両面があることも特徴なのです。

その点、王政復古は、そう宣言されたのは事実ですが、内実は、決して古代律令制の再現でも、継承でもありません。公家政治の頂点にあった摂政と関白、また、武家社会の頂点にあった征夷大将軍を一気に廃止し、天皇の下に、新たに総裁、議定、参与を置く制度なのです。

この制度は、やがて、国民の代表による議会の設置(1890年・明治23年)に繋がっていきます。もちろん、そこには、身分制の廃止、四民平等を機に、庶民の間から沸き上がった自由民権運動という大きなうねりもありました。つまり、王政復古も、単なるRestoration(復元)ではなかったということです。

このように見てくると、明治維新は日本社会独特の特性を色濃く反映した革命であったといえると思います。

もちろん、だからといって、明治維新全体を美化するものではありません。その後、日本が起こすアジア侵略の出発点となったという面もあります。

しかし、逆に、近代化がキリスト教社会以外でもできるという例を示したことは、周辺の国の進歩に大きな影響を与えたと思います。

確かに、非常に高邁な思想があり、ひとつの理想の実現を目指したようなフランス革命と異なり、明治維新は、最初からプレイヤーたちに共有する明確なビジョンがあったわけではなく、一寸先もどちらに転ぶかわからない情勢の中で、場当たり的な対応の連鎖であったといえます。

しかし、切羽詰まった中で多くの様々な人たちが必死に知恵を絞り、命を削り、たくさんの努力が積み重ねられたことで、時代をつくり変える巨大な変化に繋がっていったのです。その集約が明治維新であったということは、評価すべきだと思います。

いま、先進国といわれる日本で豊かな生活をおくっている私たちは、150年くらい前にこの国をつくり変えるために、短い命ながら太い痕跡を残した多種多様な人物の生き方を通じて学ぶべき点は、多々あると思います。

※取材日:2018年11月

落合 弘樹(明治大学 文学部 教授)

最終更新:10/18(金) 8:03
Meiji.net

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事