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ユニークフェイス問題のパイオニアが語る、「今日まで、そして明日から」

10/18(金) 15:30配信

HARBOR BUSINESS Online

通りすがりに「私があんな顔だったら自殺しちゃうわ」と言われる

 あなたの顔の半分に赤いアザがあったら、どんな人生になっただろう?

 あなたの子どもが顔に治せない問題を抱えて生まれてきたら、何ができるだろう?

 顔のあざや奇形、アルビノ(※生まれつきメラニンが欠乏することで皮膚や毛などに色がない遺伝子疾患)などの「顔面問題」によって社会的に排除され、外出や就職、対人関係などに困難を抱えている人は少なからずいる。

 この問題に苦しむ当事者を“ユニークフェイス”という造語で表現し、当事者の苦しみを日本で初めて本格的に社会に訴えたジャーナリストがいる。石井政之さん(54歳)だ。

 石井さん自身、生まれつき顔に血管腫があり、子どもの頃は学校でひどいいじめに遭っていた。

 大卒業後、顔にアザやキズがある当事者の取材を始めた彼は、やがてその取材に疲れ、報道カメラマンに憧れて中東へ取材に飛んだ。だが、レバノンで顔に赤アザのある女の子に出会い、顔のために苦しむ人の問題をライフワークにすると決意した。

 1996年、ニューヨークに飛んだ石井さんは、顔面問題に関する英米のNPOを取材する一方、学術論文や専門書を集め、1999年に自伝的ノンフィクション『顔面漂流記』(かもがわ出版)を執筆した(※2004年に『顔面バカ一代 顔にあざのあるジャーナリスト』に改題されて講談社文庫に収録)。

 すると、読者のユニークフェイス当事者から多くの手紙が届いた。そこで、当事者たちが本音で語る場所がないことに気づいた彼は、外見に疾患・外傷・先天異常などの当事者を集め、自助グループ活動を本格的に始めた。

 当事者には、「気にするな。顔より心だ」と言われたり、自殺を思いつめる人もいた。石井さん自身、通りすがりの人に「私があんな顔だったら自殺しちゃうわ」と不意打ちを食らわせられて落ち込んだこともあった。当時、顔の問題を研究している学者は日本に一人もいなかった。

 そこで石井さんは、ユニークフェイスをNPO法人化し、当事者向けのピアカウンセリングの定期開催、一般向けのユニークフェイス説明会、当事者を被写体とするドキュメンタリー映画『ユニークフェイス・ライフ』の制作・上映のほか、企業・自治体・大学などで講演会活動なども精力的に行っていた。

 しかし、2007年に結婚して東京を離れ、静岡県浜松市に移住。サラリーマン生活と出産・子育てを経験し、2015年にはNPOを解散した。活動中止の理由について、石井さんはこう答えている。

「人材も運営資金もギリギリで、身も心もすり減っていました。持続可能な組織ではありませんでした。そんな時、自分には縁がないと思っていた結婚をしました。家族を養うため、収入が不安定なフリージャーナリストをやめ、静岡県の一般企業に就職しました。活動から逃げてしまったという後ろめたさもありましたが、当時の判断は間違っていなかったと考えています」(withnews2018年11月23日より)

 その後、11年の結婚生活を経て離婚。今年から神奈川へ単身移住した石井さんに、ユニークフェイスをめぐる状況の変化と今後の展開を尋ねた。

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最終更新:10/19(土) 3:01
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