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「海外文学は売れない」というジンクスを打ち破り増刷中の翻訳書

10/18(金) 7:00配信

Book Bang

 海外文学は売れない、しかも短編集の人気は低い、と言われているなか、一冊の翻訳書が好評で、増刷を重ねている。著者は一九三六年に生まれ、二〇〇四年に他界したが、これまでこの名に反応できる日本人はごく一部だったし、彼女の出身地のアメリカでも同じだった。ごく最近になって再発見された作家だ。

 ご覧のように風変わりなタイトルで、書店でまちがった棚に置かれそうだが、実際に手にとってみるともうひとつ驚きがある。タバコを指に挟んで、遠くを見つめる目をした著者のカバー写真が、ひどくカッコいいのである。

 とはいえ、彼女の人生はカッコよさとは裏腹の辛いものだったようだ。三回の結婚と離婚を経て、さまざまな職業を転々とし、四人の息子をひとりで育てた。アルコール依存症にも苦しんだ。

 作品に登場するのも、一筋縄ではいかない、さまざまな問題を抱えた人間たちだ。緊急救命室の看護師、完璧な入れ歯作りに情熱をかける祖父、住人が死んだ家の片づけをする掃除婦、刑務所の文章教室の先生、依存症治療施設の患者たち……。二十四作のどれにも彼女の生きた人生の細部が刻印されている。

「わたしはよく誇張をするし、作り話と事実を混ぜ合わせもするけれど、嘘はつかない人間だ」

 これは「沈黙」の主人公が口にするセリフだが、彼女自身を言い表しているように思えてならない。体験を素材にしつつも、それを虚構化するときに自分に「嘘はつかない」ことを肝に銘じている。平坦とは言えない人生に巡りくる恩寵のような一瞬が、どの作品にも閃光のように走っているのだ。

 日本の読者は一気読みできる本をよしとする傾向があるが、短編集は一晩一作くらいのペースで読むのがちょうどいい。情景を心に描きつつページをめくる。つまり秋の夜長にぴったりな一冊なのである。

[レビュアー]大竹昭子(作家)
おおたけあきこ1950年東京生まれ。作家。小説、エッセイ、批評など、ジャンルを横断して執筆。小説に『図鑑少年』『随時見学可』『鼠京トーキョー』、写真関係に『彼らが写真を手にした切実さを』『ニューヨーク1980』『出来事と写真』(共著)など。朝日新聞書評委員。朗読イベント「カタリココ」を開催中。[→]大竹昭子のカタリココ

新潮社 週刊新潮 10月17日菊見月増大号 掲載

新潮社

最終更新:10/18(金) 7:00
Book Bang

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