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米MITで学んだオタクの強み A.T.カーニー梅澤高明氏

10/19(土) 17:12配信

NIKKEI STYLE

「自分は反逆児だった」「音楽に未練がある」……。論客として活躍する一方、一橋大特任教授、DJなど多才な顔を併せ持つA.T.カーニー日本法人会長の梅澤高明さん(57)。東大法学部に在学中、プロのミュージシャンになるためにバンド活動に没頭するがあえなく挫折し、日産自動車に就職。イベント企画、営業に取り組むうちにマーケティングに目覚めて米国留学を決意する。
前回の「筑駒→東大法 大学5年で挫折したギタリストの夢」はこちら
マサチューセッツ工科大学(MIT)でMBAを取得後、A.T.カーニーに移籍。コンサルティングに取り組みつつ、クールジャパン戦略や五輪後の東京の街づくり「NEXTOKYO」なども提唱する。「100歳まで現役で働きたい」という梅澤さんに英語やプレゼンテーションの勉強法、クールジャパン戦略の着想、人生観について聞いた。前回に続き、インタビューの後半をお届けする。

■業績悪化で1年で福井に出向、座談会・試乗イベントなどを企画

――1986年に入社した日産自動車ではどんな仕事をしたんですか。
「1年目は宣伝部でショールームやモーターショーの企画に参加しました。ところが会社の業績悪化で若手に『地方でクルマを売れ』と号令がかかり、1年で福井県の販社に出向します。モーターショーの仕事を途中で離れたのは残念でしたが、福井で営業のほかキャンペーンやイベントの企画に積極的に取り組みました。文化人を集めて座談会を企画したり、東京からミス・フェアレディを連れてきて新車の試乗会をしたり……。それでマーケティングに目覚めたんです」
「2年半で本社の営業・人材開発部門に戻ると、専門書を読みあさり、若手とマーケティング講座を自主的に立ち上げます。講座を立ち上げた仲間には中途採用組や外国人も多かった。この頃から僕の意識には『外の人と積極的に交わって仕事をしよう』という行動原理が常にあります」

■社内留学制度でMITへ、選抜試験1度目は英語力不足で落選

――1993年、社内留学制度でMITスローン経営大学院に行きます。
「1度目の社内選抜試験では見事に落ちてしまいました。原因は英語力の欠如。そこでTOEFLの点数を上げるために過去問の音声を書き起こす練習を繰り返す一方、英語面接の対策として外国人と話す訓練に取り組みます。外国人のダンサーやミュージシャンとつるんでクラブに一緒に遊びに行くんです。慣れない英会話も、遊びながら場数を踏むことでレベルは着実に上がりました」
「2度目の選抜試験で何とか合格。留学先としてはハーバードとスタンフォードに落ちますが、MIT、ノースウエスタン、コロンビアには受かり、イリノイ州にあるノースウエスタン(ケロッグ経営大学院)と迷った末、より都会で音楽も楽しめそうなボストンにあるMITを選びました」
■MITは「みんなよくしゃべる」、でも定量分析では日本人の圧勝
――MITのMBAコースで学んだ感想は。
「口達者な学生が多いハーバードと比べると、MITは地味で実質重視といわれていますが、それにしても『みんな本当によくしゃべるな』と最初は驚きました。ただ話を聞いてみると『もっともらしいことを言っているが、中身は大してないな』という発言が結構多かった。むしろ定量分析などの科目では日本人学生の圧勝だったりする。米国の秀才たちは合理性を重んじ、アウトプットを出すための最短距離を常に考えます。一方、僕を含めた日本人はオタクで職人気質の人が多いので、重回帰分析など複雑な数学を駆使しながら、内容を徹底的に突き詰める。だから『プレゼンテーションのスキルでかなわなくても、中身では負けない』という自信が持てるようになりました」

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最終更新:10/20(日) 7:47
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