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北欧流ブラック・コメディ──映画『アダムズ・アップル』

10/19(土) 20:12配信

GQ JAPAN

北欧を代表する俳優、マッツ・ミケルセンと『しあわせな孤独』の脚本家アナス・トマス・イェンセンが作り上げた日本未公開作品がついに上陸する。

【写真を見る】登場人物のキャラ立ちも見もの!

アダムとリンゴ

2005年製作の映画だが日本で公開されず、知られないままであったのを、よくぞ見つけて今回持ってきてくれたと、関係者のみなさんに感謝したくなる。北欧産のブラックコメディといえば、すごくシュールで冷たく突き放した感じのものがまあまあ多いのだけれど、この映画はシュールではあるものの、そして画面の色調も(北欧の空気を映して?)冷ややかではあるものの、そのうえ決してウェットになることのない語り口だというのに、観終わるころにはこちらの心を、何とも暖かくやわらかく抱きしめてくれる。

物語は、仮釈放中のアダム(ウルリッヒ・トムセン)が、更生プログラムで田舎の教会にやって来るところから始まる。ネオナチのスキンヘッドで見るからにヤバいアダムを、快く迎えてくれたのは痩身の牧師イヴァン(マッツ・ミケルセン)。何がしたいかと聞かれたアダムは、適当な思いつきを口にする。教会の庭にリンゴの木があるからアップルケーキを焼きたい。いいことだとイヴァンは言う。この教会にはいま、ほかにも更生プログラム中の男が2人いるが、2人ともすっかり更生し、目的を持って楽しく働いているよ。

ところがそのとたん、庭のリンゴは突然カラスに襲われはじめ、それが終わったら今度は深刻な虫食いの被害に遭いはじめる。さらに、アダムが更生プログラムの仲間2人に実際に会ってみると、元アルコール依存の元窃盗犯は相変わらず酒浸りで手癖が悪いし、元強盗犯は目出し帽と(盗りたての?)大金を所持している。イヴァンは嘘をついていたのか? アダムはじっと観察を続ける。そして、ふとしたことから知り合いとなった町の医師から、イヴァンの壮絶な過去を聞く。アダムにもわれわれにもわかってくる──イヴァンは現実を見ることができないのだ。アダムよりも仲間の2人よりも、現実無視でポジティブシンキングのイヴァンがいちばんヤバい。我慢しきれなくなったアダムは、ある嵐の夜、とうとうイヴァンに現実を突きつけるのだが……。

いわゆる「キャラが立っている」登場人物が、そろいもそろってすっとぼけた表情で画面に収まっているのは、もうそれだけで可笑しい。わたしたちは新参者たるアダムとともに教会に到着し、彼を通じて作品世界を知っていくわけだが、特筆すべきは、じっと黙って観察者に徹しているアダムの表情を、とても好ましく感じることだ。奇妙なことに、最初とてつもなく凶暴な異常者のように見えた彼に、わたしたちは──いまだ彼がヒトラーの肖像を部屋に飾っているにもかかわらず──愛着を感じはじめる。そして実際、話が進むにつれ、この教会でいちばん「ちゃんとしている人間」は彼だという、驚くべき(そして笑える)事実さえもが明らかになっていく。

こうしたブラックコメディとしての側面のほかにも、この映画にはさまざまな楽しみ方がある。聖書やキリスト教に詳しい人ならば、多くの寓意をここに読み取ることができるだろう。イヴァンはヨブのようでもあり、あらゆる人々の罪を(イヴァン自身の人生に襲いかかるありとあらゆる苦難というかたちで)代わりに背負うイエス・キリストのようでもある。イヴァンに現実を突きつける瞬間のアダムは、イエスをたぶらかそうとする悪魔のように見えるが、はたしてアダムは悪魔なのか。そして庭のリンゴの木が持つ意味は……。

アダムがイヴァンに現実をたたきつけたあと、さらに物語はヴァイオレンスも交えて二転三転、ラストシーンでは思いがけず、人間の普遍的な美しさに触れたかのような感慨が押し寄せる。わたしはよっぽど疲れていたのか、かさかさの心にじーんと染みわたってくるこういう映画を、毎週でも観られたらいいのにと思ってしまった。この映画を観てそう感じる人は、きっとほかにもたくさんいるだろう。

篠儀直子(しのぎ なおこ)
PROFILE
翻訳者。映画批評も手がける。翻訳書は『フレッド・アステア自伝』『エドワード・ヤン』(以上青土社)『ウェス・アンダーソンの世界 グランド・ブダペスト・ホテル』(DU BOOKS)など。

映画 『アダムズ・アップル』
10月19日より、新宿シネマカリテにて公開後、全国順次公開
配給・宣伝:アダムズ・アップルLLP

文・篠儀直子

最終更新:10/19(土) 20:12
GQ JAPAN

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