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僕らは何であんなに新庄剛志が好きだったんだろう――2006年、北海道が“野球バカ”になった日本シリーズの記憶

10/19(土) 11:00配信

文春オンライン

 例えば京王よみうりランド駅からジャイアンツ球場までの登り坂、通称「ジャイアンツVロード」だ。イースタンリーグ目当てのファンのために、路傍に巨人軍選手の手形が並んでいる。1軍に飛躍したスターだけでなく、2軍暮らしの選手も多い。懐かしのOB選手も揃ってる。で、僕はいつも「マイケル中村」のところで足を止めるのだ。で、いつも思う。そうか、マイケル中村はその後、巨人と西武のユニホームを着たんだった。

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 そして胸の奥がつんとなるのだ。僕には忘れられない。2006年10月28日の札幌ドームだ。第57回日本選手権シリーズ、第5戦、9回表のマウンドにマイケルがいた。自在に変化球を操る技巧派クローザー。中日先頭の上田佳範をライトフライに取る。かつて上田に惚れ込み、「ファイターズの3番は向こう10年決まりだ!」と触れて歩いていた自分があの瞬間、「青いヨシノリ」の凡退を願っていた。

 僕は1塁側内野席のずーっと上のほうにいたんだが、ぽろぽろ泣けてきたんだ。自分のなかの「90年代の夢」にケリをつけている。上田佳範にバッテンをつけている。「00年代の夢」が「90年代の夢」を凌駕する。

 次は捕手の谷繁、ショートゴロだ。名手・金子誠が難なくさばいて、日本一まであとアウト1つ。中日は代打アレックス。球場内は異様なムードだ。

 日本一になる。

 SHINJOが引退する。

 エモーショナルな2つのことが今、まさに立ち現れようとしている。そこはとんでもない「劇場」だったのだ。野球であって野球以上の何かだ。僕の記憶のなかでは4万2030人がこのとき全員何かを叫んでいた。うわあああ。おおおお。つよしいつよしいい。あああ。おおお。しんじょおお。おおおおお。

 センターの定位置についた新庄剛志はずっと泣いていた。試合後、「自分のところに飛んできたら捕れなかった」とコメントしている。8回裏、最後の打席に立ったときも泣きながら大振りして三振だ。スタンドは総立ちで、つよしい、つよしいいとコールし続けた。打席に立ったときも、センターの定位置にいても新庄は豆粒大にしか見えないんだよ。その豆粒大に心を寄せ、ひとつになる。4万2030人がSHINJOなんだよ。

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最終更新:10/19(土) 11:00
文春オンライン

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