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即位の礼に合わせて「天皇家の故郷」を観光したら、予想以上にカオスだった

10/19(土) 11:00配信

文春オンライン

 来たる22日、「即位礼正殿の儀」が行われる。皇統譜によれば、新天皇は126代目にあたる。古式ゆかしい儀式とともに、日本神話にもあらためて注目が集まるだろう。

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 初代の神武天皇は、日向(現・宮崎県)を船出して東進し、大和(現・奈良県)の橿原で即位したとされる。そのこともあり、宮崎県は「天皇家の故郷」ともいわれ、神話観光が盛んに宣伝されている。

 ただ、神話はしばしば愛国のネタに使われる。神話観光で、神話と歴史が混ざってしまうリスクはないのだろうか。今回その実態を見に行くことにした。

神武天皇と史実が結びつく港町

 まず向かったのは、県北・日向市の美々津である。美々津は、神武天皇が船出した地だ。『古事記』や『日本書紀』にその記述は見えないが、地元の伝承ではそうだとされている。

「そんな曖昧な……」と思うかもしれないが、神話観光は終始このノリなので、まず感覚を慣らさなければならない。地元の伝承。このマジックワードは、あらゆる困難を突破する。

「神武天皇御舟出の地 美々津」。そんな看板に迎えられながら、国道10号線より町中に入る。歴史ある港町の美々津には、腕の立つ船大工によって江戸時代や明治時代に立てられた立派な町家が幾つも残っており、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

 これだけで十分な観光資源のように思われるが、やはり神武天皇は欠かせないらしい。

 見渡すと、町のあちこちに、古代船を彫刻した木製の郵便受けが設置されている。この船は、神武天皇が乗ったとされる「おきよ丸」だ。

 この名前は、風の都合で予定よりも早く出航する天皇一行を、村人が「おきよ、おきよ」と互いに起こし合って見送ったという伝承にちなむ(異説あり)。1940年には、皇紀2600年を記念して「おきよ丸」が復元され、美々津から大阪まで記念航海が行われてもいる。

 地元のひとの話によれば、この郵便受けは、伝建地区に指定されたのち高齢者によってひとつずつ手作りされたという。江戸時代の町家と神武天皇がナチュラルに結びつく。これが美々津の姿である。

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最終更新:10/19(土) 12:18
文春オンライン

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