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「自分を見たとき、かわいそうだな」KinKi Kids堂本剛の“遅れてきた反抗期”

10/19(土) 17:00配信

文春オンライン

〈客観的に自分を見たとき、かわいそうだな。僕の魂は、もう少しこういうふうに生きたかっただろうなって思うこともあるよ〉

【写真】堂本剛が懊悩を吐露した会報「[Ki]×3」のインタビュー記事

 ファンクラブの会報でアイドルの懊悩を吐露したのはKinKi Kidsの堂本剛(40)。自らの芸能活動を否定するかのような唐突な“独白”にファンや関係者が衝撃を受けている。

事務所批判とも受け取れられかねない本音

 堂本剛の単独インタビューが掲載されたのは10月上旬に配布された会報「[Ki]×3」の最新号。これまでは舞台やコンサートの話題が中心で、主に相方の堂本光一(40)がクローズアップされてきた会報で、剛が胸中を打ち明けること自体が異例だ。

「今までの人生が計画通りではなかったという告白にはじまり、『客観的に自分を見たとき、かわいそうだな』、『僕の魂は、もう少しこういうふうに生きたかっただろうなって思うこともあるよ』などと悲観的な言葉が並んだ。さらに『ジャニーズだからっていうような概念は第三者が勝手に提供してくれるもの』、『第三者が作った概念にお付き合いすることに対して、あまり意味を感じなくなってしまった』などと、事務所批判とも受け取れられかねない本音をぶちまけたのです」(芸能記者)

 もともとジャニーズでキンキの立ち位置は独特だった。

「ジャニーズでは珍しい二人組で、現役のグループでは少年隊、TOKIO、V6に次ぐ“古参”。ファンクラブの会員数が50万人を超すとも言われる金看板ですが、他のグループとの大きな違いは長らくジャニーズ事務所と距離があったことです」(レコード会社関係者)

「なぜ僕らは20年経っても紅白に出られないんだ」

 所属事務所こそジャニーズだが、彼らが活動の拠点にしていたのは子会社のジャニーズ・エンタテイメント(JE)だった。

「1997年に設立されたJEは二人のデビューに合わせて立ち上げられた独自のレコード会社。初代社長にはジャニーズ事務所の藤島ジュリー景子社長が就任しましたが、ジュリー氏はキンキの二人と良好な関係を築けないまま社長を辞任。後に就任した小杉理宇造元社長が中心となって彼らをプロデュースしてきたのです」(同前)

 ファーストシングル「硝子の少年」は180万枚近くを売り上げるヒットを記録し、その後もミリオンセラーを連発。だが、意外なことにキンキがNHK紅白に出場したのは2016年の一度きりだった。

「ジュリー氏は自ら育てたTOKIOをNHKに積極的に推し続ける一方で、キンキには目もくれなかった。剛が『なぜ僕らは20年経っても紅白に出られないんだ』とボヤいていたこともあった」(同前)

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最終更新:10/19(土) 17:51
文春オンライン

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