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日本人がやってしまう英語の「ダサいあいさつ」

10/19(土) 5:35配信

東洋経済オンライン

2018年、アメリカのジョージ・ワシントン大学を卒業した渡邊雄太選手は、NBAのメンフィス・グリズリーズと契約を結びます。「NBAプレーヤーになる」という夢がかなった瞬間でした。
しかし、すべてが順調にいったわけではありません。高校卒業後、意気揚々と渡米したものの、現地での生活では多くの苦労を強いられたそうです。苦労の元凶は「英語」でした。いまでは英語でのインタビューも難なくこなす渡邊選手は、どのように言葉のハンディを乗り越えたのか。彼の著書である『「好き」を力にする』から、「言葉」のエピソードを紹介します。

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■目の前にそびえる、厚くて高い「言葉の壁」

 渡米後、僕が入学を決めたのは、東部コネチカット州にあるセント・トーマス・モア・スクールというプレップスクールでした。プレップスクールというのは大学に入学するための準備校で、名門大学へ入学するために勉強する人もいれば、スポーツ推薦による大学入学のオファーがくるまでそこで準備する人もいます。

 セント・トーマス・モア・スクールのバスケットボール部には、所属選手を名門大学へ次々と送り込むことで知られるジェレ・クインというヘッドコーチがいました。このコーチの下でぜひプレーしたいと考えた僕は、この学校への入学を希望したのです。

 願書を送り、無事に入学とバスケットボール部への入部が許可されると、いよいよ渡米の日がやってきました。

 僕にとって外国体験と言えば、アンダー17のアジア大会に出場した際に、1度フィリピンに行っただけ。アメリカは初めてでした。

 英語の勉強に関しては、高校2年生の冬にウインターカップが終わり、アメリカに行くと決めてから少しずつ始めていました。ただし、バスケットボールが忙しく、英単語を覚えるくらいの勉強しかしていません。つまり本格的に英語を勉強したのはプレップスクールに入ってからであり、ほぼ英語力ゼロの状態でアメリカに渡ったのです。

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最終更新:10/19(土) 5:35
東洋経済オンライン

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