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ラグビー日本代表を弱くても応援した「リポビタンD」 バンカーと会長“英国での出会い”

10/19(土) 11:02配信

デイリー新潮

 ラグビーW杯で快進撃を続ける日本代表。ロシア、サモア、には勝てるだろうと言われていたものの、アイルランド、スコットランドも破って、4戦全勝で決勝トーナメントに進むと予想した日本人は少なかったに違いない。日本ラグビーがここまで強くなるには、長い苦難の道のりがあったが、スポンサーとして日本代表を支えた企業といえば、大正製薬だろう。ラグビーファンならば、日本代表のジャージの胸には、同社が販売する栄養ドリンク「リポビタンD」のロゴが付いていることをご記憶のはずだ。

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 サッカー日本代表のオフィシャルスポンサーと言えばキリンホールディングスで、その傘下のキリンビール、キリンビバレッジなどが1978年から支援を続けている。大正製薬がラグビー日本代表のオフィシャルスポンサーとなったのは2001年9月。当時の日本ラグビーは、まさに低迷期だった。

 ラグビーファンなら、忘れもしないだろう。95年、第3回ラグビーW杯の3戦目、ニュージーランドと対戦した日本は、17-145という屈辱的な大敗を喫した。ニュージーランドは決勝進出を決めていたため、控え選手が主体だったにもかかわらず、この結果。「ブルームフォンテーンの悪夢」と呼ばれ、この悪夢がラグビー人気の低迷を招き、競技人口も減少したとされる。

 99年のW杯でも、日本代表は4戦全敗。翌2000年に行われた、パシフィック・リム選手権も4戦全敗の最下位。これほど弱かった代表にスポンサー企業がつくとは考えにくいが、

「実は、当社がラグビー日本代表のオフィシャルスポンサーになったのは、元日本代表監督の宿澤広朗さんとのご縁でした」

 と、大正製薬コーポレートコミュニケーション部の担当者が説明する。

「大正製薬のメインバンクの一つが住友銀行(現・三井住友銀行)で、弊社の上原明(7代目社長)が80年代の初め頃、出張でイギリスを訪れた際、宿澤さんがロンドン支店に赴任されておりました。上原が仕事でロンドン支店を訪れた際、支店長が『うちの誰かにロンドンをご案内させますよ』と言ってくださったので、上原から『それでは宿澤さんにお願いしたい』と申し出たそうです。上原は以前から、宿澤さんが早稲田大学卒業後に住友銀行に入行し、ロンドン支店に赴任していること知っていた。宿澤さんは早大時代から有名選手でしたので、案内を依頼したのでしょう」

 宿澤氏は、早稲田大学を日本選手権で2年連続優勝に導き、歴代屈指のスクラムハーフ(SH)と評価された。73年に大学卒業後は住友銀行に入行。77年末から7年半ロンドン支店に駐在し、89年から91年まで、銀行に籍を働きながら日本代表監督を務めた。当時の住友銀行の頭取は元ラグビー日本代表の磯田一郎氏。彼の特別の配慮があったため、二足の草鞋が実現したという。91年には、ジンバブエから9トライを奪い、W杯初勝利を収めた。

 一方、上原会長は、小学校から高校まで、学校でラグビーの授業を受け、慶応大学に進学してからは、ラグビー同好会でプレーをしていた。ポジションはプロップ(PR)、いわゆるラグビー通だ。

 2人がロンドンで出会ってから2、3年後、宿澤氏は帰国したという。

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最終更新:10/19(土) 20:41
デイリー新潮

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