ここから本文です

栃尾揚げのガーリック・トースト|美しい暮らし

10/21(月) 16:05配信

幻冬舎plus

矢吹透



気づき、というものがふいに訪れることがあります。

何らかの刺激によって、自分がそれまで、気づいていなかった何かにふと気づく、という現象です。

目から鱗が落ちるように、という表現がありますが、まさにそのような感じで、自分自身の中に降って湧く気づきが、時にございます。


ここ数年の自分は、押しつけがましい人間になっていた、と私は気づきました。 

会社での仕事に於いて、やり甲斐を失い、そして、その後、早期退職により、主たる職を失って、私はおそらく、その欠損を代償するために、他人に奉仕する、ということに自らの時間とエネルギーを振り向けるようになりました。

奉仕する=サーヴする、という概念を、私はアメリカでの生活で学んだような気がします。

サーヴ・ザ・カントリー(国に奉仕する)、サーヴ・ザ・コミュニティ(自分の属する共同体に貢献する)、などというふうに、サーヴという言葉はアメリカでは、しばしば、私利私欲のために生きること以外に、自分には一体何が出来るのか、という問いかけとして、用いられることが多い気がいたします。

この言葉や概念の根幹には、キリスト教的な文化があるのかもしれません。

自らのために生くるだけでなく、誰かのため、何かのために、自分を削ることをする、という考え方は、高度成長期からバブル経済へと続く日本で多感な時期を過ごし、我利を追求する生き方に慣れていた私には、新鮮で、美しく感じられました。

人が一日の中で、誰かのために何かをする時間を少しでも持つように、と心がけると、社会に温かみや潤いが生まれて行く、ということがございます。

自分の利益のために、と走り続けている脚を、暫し止めて、周囲に目をやってみるということも、時には大切です。

隣りに何かに飢えている人がいないか、困っている人がいないか、その人に対して、自分に出来ることはないか、考えてみること、そして、それを実際の行動に移し、やってみること、誰かに手を差し伸べてみること。

差し伸べた手が、握り返される時、そこには確かな温もりの実感があります。

動物には、報酬を求めて行動するという習性がありますが、この自分以外の他者のために行動する行為にも、ダイレクトではありませんが、報酬があります。

他者から返ってくる感謝や好意、という報酬を、人はそこで得るのです。

人と人が助け合うこと、支え合うことは、群れとして生きてきたヒトという生き物には、欠かせない生存の知恵であったのではないでしょうか。

餌を得るための直接的な努力、という行動によって、ヒトは餌を得て、自らの空腹を満たす、というダイレクトな報酬を得ます。

そして、その餌をシェアする、という行動により、ヒトは、シェアした相手からの好意や感謝という、無形の報酬を得るのです。

自然界を生きていて、何らかの状況により、個体としてのヒトが、自らの餌を、自力で得ることが出来ないことがあります。

その時に、ヒトが種として生き延びて行くためには、助け合う、分け合う、という知恵が必要だったのではないでしょうか。


職を失って、無目的に生きる私は、気がつけば、自分自身の拠りどころを、誰かのために何かをする、ということに振り向け、生きるようになっておりました。

それは、美しいことである、とも言えるでしょう。

私のそういった行為により、周囲の誰かをいくばくか、幸せにしたこともなかったわけではないでしょう。

しかし、同時に、私は若干、押しつけがましい人間になっていたと、今、反省と共に思うのです。

度の過ぎた好意や善意は、受け取る人を居心地悪くさせるところがあります。

私の振りまく、そういったあれこれを、暑苦しい、鬱陶しい、と感じることが、私の周囲の人たちにとってはきっと、あったでしょう。

過日、私は、そんなことに、ふっと気がついたのです。

何事もほどほど、6割程度がよいのです。

 
気づき、というものを大切にしながら、生きてまいりたいと思います。

先日、アメリカからの友人が、京都で食べたという、とある料理についての話を、熱く語ってくれました。

ディープ・フライした豆腐にガーリックを載せて焼いたものが、とても美味しかったのだと。

それは、まるでガーリック・トーストのような味と食感で、最初、素材が何であるのか、まったく気づかなかった。

私は、実際にその料理を食べたわけではなく、英語での説明を聞いただけなので、友人が供された料理が一体どんなものだったのか、想像を膨らませるに過ぎないのですが、おそらく、揚げを焼いたものなのではないかと思います。

栃尾揚げ、という新潟名産の厚い油揚げが私は大好きで、よく買い求めるのですが、この栃尾揚げでガーリック・トーストを作ってみたら、それは美味しいに違いない、と気づきました。

早速、試してみることにいたしました。

栃尾揚げにたっぷりとバターを塗り、微塵に刻んだ大蒜を盛大に振りかけ、それからお好みで少し塩を振って、オーヴン・トースターでこんがりと焼きます。

パンには元々、塩気がありますが、揚げにはございませんので、多少、塩気を足した方がいいような気がいたします。

あえて塩を振らずに、出来上がりに少し醤油を付けてみる、というような食べ方もあるかもしれません。

大蒜とバターの香りが芳しい、カリカリの栃尾揚げは、白ワインに合う素敵な一品となりました。


■矢吹透
東京生まれ。
慶應義塾大学在学中に第47回小説現代新人賞(講談社主催)を受賞。
大学を卒業後、テレビ局に勤務するが、早期退職制度に応募し、退社。
第二の人生を模索する日々。

最終更新:10/21(月) 16:05
幻冬舎plus

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事