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ヤクルトの二軍監督に就任 “ブンブン丸”池山隆寛の記憶に残る最終打席

10/20(日) 11:00配信

文春オンライン

今もなお記憶に残る池山の引退試合

 今でも忘れられない光景がある――。2002(平成14)年10月17日、前日の観衆は公称5000人だったが、この日は4万5000人が神宮球場に詰めかけていた。その多くがプロ19年目を迎えていた池山隆寛の引退試合を見るためだった。観衆のほとんどは彼の最後の雄姿を目に焼きつけるために集まっていたのだ。

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 長年、神宮球場に通い続けているけれど、この日ほど人でごった返していたことはなかった。コンコースはもちろん、スタンド通路にまで人があふれ、ビールの売り子も自由に行き来するすることができず、売店では弁当類も早々に売り切れていた。通路に座り込んだ人々を避け、ようやくたどり着いたライトスタンドの最後方。二重三重に折り重なる頭と頭の間から、わずかに広がるグラウンドに目をやる。僕らはみな、池山の最後の姿を目に焼きつけようと、固唾を呑んでいた。

 試合中から彼は泣いていた。そして、観客もまた泣いていた。8回の第四打席で放った左中間を破るツーベース。一塁を回るときから右脚をひきずり、ようやくたどり着いたセカンドベース上で膝をさする姿。あるいは、延長10回表、広島・新井貴浩の打球を身を挺して好捕する姿。それは、脚が万全の状態なら、正面に回りこんで難なく捕れた当たりだった。こうした彼の最後の雄姿に、観客はますます胸を熱くする。

 広島の1点リードで迎えた延長10回裏。ランナーが一人出ればもう一度、彼に回る。一死後、飯田哲也はセーフティバントを試みると、気迫溢れるヘッドスライディングでファーストに生きた。続くバッターは稲葉篤紀。観客の誰もが思っていたはずだ。「ゲッツーにはなるなよ。とにかく池山に回せ!」と。そして、こうも思っていたはずだ。「サヨナラホームランなんて打つなよ」、とも。

 このとき、稲葉の選んだ策が飯田に続くセーフティバントだった。ボールを転がしさえすれば、最悪でも犠牲バントになる。必死になって一塁を目指す稲葉。彼もまたヘッドスライディングを試みる。セーフにはならなかったものの、何とか一塁に生きようとするその心意気は4万5000の観客の胸にしっかりと届いた。こうして迎えた、池山の現役最終打席。球場の盛り上がりは最高潮を迎えていた。

 一球目は空振り。続く二球目。もう右脚の踏ん張りが利かないのか、態勢を崩して倒れこむ渾身の空振り。そして、最後の一球。堂々と直球を投じる広島・長谷川昌幸。同じく渾身の、そして豪快なスイングを繰り出す池山。三球勝負、スイング・アウト。通算1440個目の三振。これは、世界の王貞治をも上回る記録だ。かつての代名詞「ブンブン丸」。その名に恥じない見事なスイングだった。

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最終更新:10/20(日) 15:33
文春オンライン

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