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キレる高齢者とスマホ中毒の若者、共通点は「一人でいられる力」の欠如

10/20(日) 8:10配信

オトナンサー

「怒り」は、二次的な感情だといわれます。怒りは「結果」であり、「現象」なのであって、根底にはその原因となっている「感情」があります。

 クレーム対応でも、お客の怒り自体に対応するのではなく、怒りの原因となっている感情をくみ取り、その感情にアプローチするのがコツとされますが、怒っている人は不安や焦り、恥ずかしさ、寂しさ、悲しさなどの一次的な感情をコントロールできない状態にあるのです。

孤独な環境を楽しめる高齢者

「キレる高齢者」が増えているといわれますが、この考え方に沿えば、「キレている」のは結果に過ぎず、本質的には不安や焦り、恥ずかしさ、寂しさ、悲しさといったネガティブな感情をコントロールできない高齢者が増えているということでしょう。

 このような感情を生み出しているのは、高齢者が置かれる「孤独な環境」ではないかと考えられます。高齢になると、定年退職や子どもの独立、配偶者・友人の死など、さまざまなつながりや役割を喪失し、そこから得られていた承認や称賛、達成感、満足感、楽しみ、癒やしなどがなくなってしまうからです。一方で、一人でいるのに悠々としており、孤独な環境を楽しんでいるような高齢者もたくさんいます。この違いは何でしょうか。

 英国の精神科医、ドナルド・ウィニコットは「一人でいられる力(the capacity to be alone)」を提唱しました。これは、子どもの発達に関する理論で、簡単にいえば、幼少期に「母親は自分を守ってくれる安全地帯だ」といった感覚を持てれば、「いつでもここに帰って来られるので、一人で冒険しても大丈夫だ」と考え、安心して一人になれるようになるというものです。

 逆に、母親に対してそのような感覚を持てなければ、一人になるのを恐れて引きこもったり、嫌な人や合わない人ともつながろうとしたり、群れたりするといいます。

「安全地帯の存在が『一人でいられる力』を生む」という考え方は、高齢者にも十分当てはまります。高齢期になると、現役時代にあった他者とのつながりや、自分の居場所や役割が十分に感じられた「安全地帯」を喪失します。安全地帯を失ったままだと、「一人でいられる力」も失い、その結果、孤独によって生じるネガティブな感情をコントロールできずにキレてしまうのです。

 一方で、地域の活動やボランティアや趣味のサークルへの参加などで新しいつながりや居場所を得て、安全地帯を回復した人には「一人でいられる力」があり、孤独を楽しめる上、ネガティブな感情をコントロールできます。両者の違いは、安全地帯の有無によって生じた「一人でいられる力」の差にあるのではないかと思います。

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最終更新:10/20(日) 11:54
オトナンサー

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