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尾道空き家再生プロジェクト(上)立役者は主婦

10/21(月) 18:40配信

Japan In-depth

【まとめ】

・広島県尾道市で豊田雅子氏、11年で100戸程の空き家を再生。
・どうやって空き家を再生させるかは後から考える。
・市民を巻き込み、改修作業を楽しみながら取り組む事が大切。

「ここ1年で子どもが15人生まれました。

多くの子どもがここの2、3キロ圏内で“同級生”になるのです。私の二の腕に触ると、子どもを授かるという“女子伝説”があるようです」。

そう笑い飛ばすのは、広島県尾道市の豊田雅子である。NPO法人、尾道空き家再生プロジェクト代表理事を務める。空き家再生の仕掛け人は、大きな果実を生んだ。尾道市に移住し始めた家族が急増した。

「私は2人の双子の子育てをしている主婦です。設計士や大学教授のように専門的な知識がありません。私の取り柄は、周囲を巻き込むことかもしれません」。

私は初対面なのに、ぐんぐん話に引き込まれた。

確かに、「巻き込む力」を持つ女性リーダーだ。空き家問題で、豊田の実績は目を見張る。11年前から現在までに実に100戸程度の空き家を再生させた。移住者が住居にしたり、店舗にしたりして活用している。自らのNPO法人の出資物件さらには、市の空き家バンクの事業も請け負っている。点と点で線になり、今は面になろうとしている。


■空き家が「みんなの家」に

尾道市は瀬戸内海に面し、人口は14万人である。「坂の町」というネーミングがぴったり合っていた。JR尾道駅の裏手に、千光山がある。その中腹に大正時代や昭和初期に建てられた趣のある家屋が目を引く。

豊田に指定された取材場所は、尾道駅の裏手にある、小さな二階建ての建物だった。尖がった屋根が目立つ。「子連れママの井戸端サロン・北村洋品店」。用途はその名の通り、ママさんが小さい子供を連れて楽しめるサロンだ。町なかには、子どもを連れ行けるような場所がないため、自らも双子のママである豊田がつくったという。2階は、子どものリサイクルショップ兼NPO法人尾道空き家再生プロジェクトのオフィスとなっている。

これまで自らが手掛けた再生物件は18戸ある。「工務店や不動産屋のプロがサジを投げた物件ばかりです。狭い路地では建築資材を運ぶのも大変です。でも私はどうやって再生するかは後から考えます。家自体がアートなのです」。

北村洋品店の建物は1950年代に建てられた。当時は、焼き芋店、駄菓子屋、八百屋などがあり、「子ども銀座」とも言われた。しかし、高齢化で空き家が目立つようになり、その建物も20年以上、誰も住んでいない物件だった。

建築的な価値はあまりなかったが、ショーウインドなど元洋品店としてレトロな面影が残っていた。このまま解体されれば、駐車場にでもなるだけだ。それなら買い取って付加価値をつけよう。豊田は決意した。

異彩を放ったのは、再生の手法だ。「再生には、多くの人にかかわってもらいました。建築塾の『ワークショップ』にしました。1回1000円ぐらいの参加費もとりました。大工さんや左官屋さんなどのプロにやり方を教えてもらえるのです。楽しみながら、みんなでつくりあげました」。

「ボロボロになっていた柱や梁、屋根の補修や取り換えは、プロがやります。ただ、家の修復には、素人ができることもたくさんあるのです。みんなでワイワイし話しながら家を修繕しました。資材は廃材や古い材料を使いました。そうすると、建築費もぐっと安くなります」。

「子連れママの井戸端サロン・北村洋品店」は2009年2月にオープンした。再生には100人以上がかかわり、結局、古い空き家が「みんなの家」に生まれ変わった。

「空き家の再生のプロセスを楽しむのが大事です。

再生の作業を通して尾道のまちや建物の魅力を再び発見したり、移住者と地元の人が一緒に作業をして助け合うことで、自然につながりができます。市民を巻き込んで、改修作業を楽しみながら取り組むイベントを開催しました。空き家は活用できるという実感を味わってほしい」。

楽しみながら空き家を再生するのが、豊田のモットーだ。「空き家再生は私にとっては工作の延長です」

(下へつづく。全2回)

出町譲(経済ジャーナリスト・作家、テレビ朝日報道局勤務)

最終更新:10/21(月) 18:40
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