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【新刊紹介】罪を悔いる者、反省なき者:別冊宝島編集部編『死刑囚200人最後の言葉』

10/21(月) 16:39配信

nippon.com

斉藤 勝久

罪を悔いて死んでいく者もいれば、何の反省もなく散っていく者も。刑執行を前にした死刑囚(未執行者も)の言動や、事件の背景などをまとめている。昨夏に執行があった「オウム真理教」の13人の最期の様子も記されている。

最初に登場するのは、戦中から戦後の混乱期に10件(有罪確定は7件)の婦女暴行殺人を犯した小平義雄。軍隊に入り、戦地として赴いた中国で暴行を重ね、帰国後も犯罪を繰り返した。

公判などで「戦争の時はわしよりむごいことをした連中を知ってますが、平和な時にわしほどひどいことをした者はいないと思います。全く人間のすることじゃありません」と述べている。彼の獣性は軍隊体験で生まれた。

本作の半ばに、特集の形で「オウム死刑囚」13人が取り上げられている。刑場に向かう教祖の麻原彰晃(松本智津夫)は無言だったが、「遺体の引き取りはどうする」と問われると、少し考えてから「四女」とつぶやいた。この後、遺言のようなものはなく、淡々と死刑が執行されたという。遺骨の引き渡しは紛糾し、今も拘置所に保管されている。東京大学卒業者として初の死刑囚となった豊田享は、麻原らの執行を知ると自身の執行が近いことを悟り、所持金を匿名で豪雨災害義援金として寄付した。

死刑囚の多くは罪を悔いているが、その反対も少なくない。大阪姉妹強盗殺人事件(2005年)の山地悠紀夫は犯行時22歳。公判では「死刑でいいです」を繰り返し、被害者への謝罪や事件への反省を述べることはなかった。彼は16歳の時に実母をバットで撲殺し、中等少年院に入ったが、教育プログラムは生かされなかった。罪と向き合うことを最後まで拒否し、25歳で刑場の露と消えた。

土浦連続殺傷事件(08年)で無差別に9人を殺傷した金川真大は、取り調べで「7、8人殺せば死刑になると思った」と供述した“死刑志願者”。「ゲーム以外、この世に興味ない」と面会の新聞記者に語った。自分の罪に向き合わず、29歳で刑死した。

彼らの救いようのない最期には、考えさせられる。

【Profile】

斉藤 勝久 SAITO Katsuhisa
ジャーナリスト。1951年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。読売新聞社の社会部で司法を担当したほか、86年から89年まで宮内庁担当として「昭和の最後の日」や平成への代替わりを取材。2016年夏からフリーに。ニッポンドットコムで18年5月から「スパイ・ゾルゲ」の連載6回。同年9月から皇室の「2回のお代替わりを見つめて」を長期連載。主に近現代史の取材・執筆を続けている。

最終更新:10/21(月) 16:39
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