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ポルトに挑んだ小さな3部クラブの物語。“ジャイキリ”だけじゃない、一生に一度の価値

10/22(火) 13:18配信

フットボールチャンネル

 欧州の頂点に立つポルトガルサッカーを引っ張っているのはポルト、ベンフィカ、スポルティングCPの「3強」だが、底力は無数に存在するローカルクラブから生まれる。国内第3の都市に本拠地を置く3部のアマチュアクラブが「3強」の一角ポルトに挑んだ試合にはどんな意味や価値があったのか。現地のリアルな声に耳を傾けてみた。(取材・文:舩木渉【ポルトガル】)

●ポルトガルでも“ジャイキリ”が名物

 サッカーにその後の人生を変えうる試合があるとしたら、それはあなたにとってどんなものだろうか。

 初めての試合か? タイトルをかけた試合か? ライバルとのダービーマッチか? あるいは実力ではるかに上回られた相手に挑む試合か?人それぞれ、様々な場面で人生最高を追い求める瞬間は訪れるだろう。

 つい先日、ポルトガルではコインブロエスという3部リーグの小さなアマチュアクラブの選手たちがサッカー人生をかけた一戦に臨んだ。対戦相手はチャンピオンズリーグ(CL)優勝経験もある1部リーグの強豪ポルト。2019年10月19日は彼らやサポーターにとって一生忘れられない1日になったはずだ。

 舞台となったのはタッサ・デ・ポルトガルの3回戦だった。日本の天皇杯にあたるカップ戦で、同じように“ジャイアントキリング”が名物になっている。18日にはポルトガル3強クラブの1つ、スポルティングCPが3部のFCアルベルサに0-2で敗れる波乱があったばかりだった。

 筆者は試合2日前の17日に記者会見に招待され、ポルトとドウロ川を挟んで対岸にあるヴィラ・ノヴァ・デ・ガイア市にあるコインブロエスの本拠地パルケ・シルバ・マトスへと向かった。

 住宅街の中にあるスタジアムに着くと、雨にもかかわらず下部組織の子どもたちが人工芝のピッチで元気にボールを追いかけている。大人たちは目前に迫ったビッグマッチに向けてチケットや記念グッズを買い求め、併設されたバーでビール片手にサッカー談義に花を咲かせていた。

 記者会見が行われたのはスタジアム内の小さな部屋だった。出席したコインブロエスのペドロ・アウベス監督は「我々はどんなことが待ち受けているか理解している。だが、すべての責任を感じるのは相手の方だ。このカップ戦において『巨人の墓場』となるのが完璧な夢。我々の選手たちは歴史を作る可能性を少しでも上げるため、一生懸命に努力してきた」と力強い口調で語った。

●「ラッキー」だったポルトとの対戦

 コインブロエスはアマチュアクラブのため、トップチームの選手たちは全員サッカー以外に仕事を持っているか、学校に通っている者もいる。練習は午後5時からで、月曜日、水曜日、木曜日、金曜日と週に4回しかできない。

 通常のリーグ戦は日曜日のため前日はオフになるが、ポルト戦は土曜日開催のため金曜日の練習を変則的に火曜日へと移していた。一般的に試合前日に行われる記者会見が2日前の木曜日となったのもそのためだった。

 監督とともに記者会見の席に座ったキャプテンのペドロ・タバレスは言った。「誰も負けるのは好きじゃないし、限界に気づいていてもなお、負けたとは感じない。それだけでなく、僕たちはこのクラブのユニフォームを見れば狂ったように夢中になれることを知っている」と。

 小柄で細身だが、在籍13年目で「セニョール・コインブロエス」と称される33歳が放つ言葉には重みと説得力があった。2011年には悪性リンパ腫の一種である「ホジキンリンパ腫」に侵され、6ヶ月かけて克服してピッチに舞い戻った不屈のキャプテンだ。

 そしてアウベス監督も力強いメッセージを発した。「私から選手たちに伝えたのは、試合を楽しもうということと、ポルトガルサッカー界の歴史に名を残せると信じろということだけだ。これまでの歴史の中でも、ポルトガルカップは奇跡に富んでいる。我々は夢や希望から逃げてはいない」。地元の“盟主”ポルトを打ち破るには、何よりも「チームスピリットを強く信じること」だと41歳の指揮官は言った。

 2019年10月2日、首都リスボンで行われたタッサ・デ・ポルトガル3回戦の組み合わせの会場にコインブロエスのヴィトール・オリヴェイラ会長はいた。今年5月に就任したばかりの新米会長はポルトとの対戦を引き当てた時「ラッキーだと思った」という。他のクラブに比べて勝利するのがはるかに難しい相手との対戦が決まり、なぜ「ラッキー」だったのか。

「あの抽選の会場にいるほとんどすべての人間が、ポルトガルの3強と言われるベンフィカ、スポルティングCP、そしてポルトのいずれかとの対戦を待ち望んでいましたよ。我々はそのうちの1つと戦う権利を引き当てました。

この3クラブとの対戦は、多くのメディアから注目を浴びます。普段、我々が戦っている3部リーグに取材なんて誰も来ませんから。そういう意味で我々のクラブを多くの人々に見てもらえる絶好の機会なのです。もちろん財政面でも大きなメリットがあります。通常の試合からは得られない金額の収入は、我々にとって非常に重要なものなのです」

●3強との対戦が持つ意味とは

 抽選の様子をスタジアムに併設されたバーで見守っていた選手たちも、叫び声をあげてポルトとの対戦が決まったことを喜んだという。「彼らにとっても人生最高の試合になるかもしれない、またとない機会ですから。ポルトのようなチームの選手たちと戦う機会は2度と来ないかもしれないんです」とオリヴェイラ会長は語った。

 テレビでの全国中継もある3強の一角との対戦に、コインブロエスは沸き立った。しかし、大きな問題に直面する。試合はコインブロエスのホーム扱いとなったが、いくつかの理由で本拠地パルケ・シルバ・マトスでの開催が不可能となってしまった。

 ポルト市街から車で約15分ほどということもあり、多数の観客の来場が予想されるが、普段のリーグ戦の観客が平均して300~500人だというホームスタジアムには、固定式の座席がわずかしかない。名目上は3000人収容となっているが、周辺地域も含めて来場する観客の安全確保が難しく、セキュリティ上の理由で警察から「ノー」を突きつけられてしまった。また、ナイトゲームを中継するために必要な明るさの照明も不足し、テレビ中継用の設備も不十分。これらの課題を試合開催までのわずか20日間ほどで解決するのは不可能だった。

 結局、開催地は普段ポルトのBチームが本拠地にしている郊外の陸上競技場、エスタディオ・Dr.サン・ジャヌアリオに変更され、試合日も10月20日から19日に早まることとなった。結果的にこの変更がコインブロエスに大きな利益をもたらすのは後の話になる。

 ホームスタジアムでのポルト戦開催が不可能になっても、コインブロエスにとってこの一戦が持つ意味は少しも薄れなかった。オリヴェイラ会長は語る。

「とても重要な試合に間違いありません。多くのメディアへの露出があります。我々はこういったことに慣れてはいませんが、財政的な進歩を目指すためにも、クラブの取り組みを示し、投資家たちに投資を呼びかけ、我々の情報を届ける機会です。

このクラブでプレーしている子どもたちにとっても素晴らしい機会です。我々はこの地域の中でもベストな存在と言える育成組織を持っています。ポルトガル北部でも有数でしょう。そういった取り組みの成果を見せる絶好の機会です。

今、トップチームに在籍している下部組織出身の選手は3人います。ガイア市は国内で3番目の都市ですが、プロクラブは1つもありません。他にも優れたクラブはいくつもありますが、その中でも我々が最も重要なクラブだと認識しています。まだスモールクラブですが、都市の規模を考えれば変な話です。

私がこのクラブに来てからまだ5ヶ月足らずで、今は多くのことを変えていこうとしている最中です。そのためにもポルトとの試合は重要な意味を持ちます。大きな都市があり、多くの人々が暮らしています。この街で戦い、将来的にはプロリーグの中でレベルを上げていきたい思っています」

●「僕の人生で最も重要な試合」

 リーグ戦を戦いながら、ポルトとの試合に向けて着々と準備を進めてきた。コインブロエスの選手たちは人生最高のものになるかも試合を目前にして、高揚感を隠せずにいた。

 保険会社で働きながらプレーしている副キャプテンのマリオ・ペレイラは「僕たちにとってビッグゲームだし、クラブや選手たち、スタッフなどすべての人々にとっても素晴らしい機会だ。僕たちは全てを尽くし、勝利を目指していくよ。本当に難しい試合になるのは間違いないけど、もし勝つことができればファンやガイアの街のみんなが誇りを感じることができるだろう」とポルト戦への強い思いを語ってくれた。

「僕は幸運なことに以前このカップ戦でベンフィカと対戦したことがあって、3強クラブと戦うのはポルトが2度目ということになる。でも、今回が僕の人生で最も重要な試合だ。もう一度こういうチャンスが巡ってくるようなことはないだろうから」

 彼のように特別な思いを胸に秘めてポルトに挑む選手たちは他にもいた。例えばコインブロエスにはドウロ川の対岸で隆盛を誇るポルトの下部組織で育った選手たちが多くいる。キャプテンのペドロ・タバレスは17歳まで2年間ポルトに在籍し、当時のチームメイトにはのちにポルトガル代表のエースストライカーとして活躍するウーゴ・アウメイダがいた。

 GKのダニエル・ピレスがポルトU-13時代に同期でキャプテンだったのは、のちに宿敵ベンフィカで大ブレイクを遂げるジョアン・フェリックス。他にも現在ポルトのトップチームで活躍するジオゴ・レイチや、マンチェスター・ユナイテッドに在籍するジオゴ・ダロトがチームメイトだった。

 ブラジル生まれのクレーベルも13歳から19歳までポルトに在籍し、ルベン・ネヴェスやアンドレ・シウバ、ゴンサロ・パシエンシアといった“ドラゴン”から巣立っていった逸材たちと同じ釜の飯を食った。現在ポルトのトップチームに在籍するブルーノ・コスタとは今でも連絡を取り合う仲だ。

 ガイア市内でコーヒーショップを経営するキャプテンをはじめとしたポルト出身者たちにとって、今回のタッサ・デ・ポルトガルは自らの実力や価値、成長を見せつける一世一代のチャンスでもあった。

●現実を突きつけられたが…

 しかし、現実は残酷だった。19日の夕刻、雨上がりの空に二重の虹がかかるピッチの上で試合開始の笛が吹かれた。するとコインブロエスは序盤からポルトの勢いに押され、6分、8分、12分と立て続けに失点を喫してしまう。これで試合の大勢は決してしまった。終わってみれば0-5の完敗。初めての決定機と言えるチャンスは後半の61分まで待たなければならず、ほとんどの時間ポルトに蹂躙され、力の差を見せつけられた。

 それでもコインブロエスのファンたちは誇らしげだった。試合が終わるとピッチ上で最後まで諦めずに1点を目指した選手たちに精一杯の拍手とエールを送る。精根尽き果てるまで戦い抜いた選手たちの表情も、それに応えるように清々しいものになっていった。

 残念ながらポルトを破ってのクラブ史上初のタッサ・デ・ポルトガル4回戦進出は果たせなかった。副キャプテンのマリオ・ペレイラが夢見ていた試合後の「お祝い」も夢のまま終わってしまった。

 だが、コインブロエスの挑戦は終わらない。ペドロ・タバレスは「重い結果だった」と振り返りつつも「ポルトは僕のチームだし、とてもシンパシーを感じた。今日の戦いやファンからの声援も誇りに思う。現実は(想像と)全く異なるものだったけれど、僕たちは穏やかでなければならない」と強調した。

 そして「次にやってくるのはリーグ戦だ。僕はサッカーの試合以上のものとしては見ていない。この試合はきれいさっぱり、もう終わったこととして、今度はリーグ戦にフォーカスしていく必要がある」と、すでに頭を昇格を目指した戦いに切り替えていた。

●ビッグクラブとの対戦が未来への礎に

 ポルト戦がコインブロエスにとって今後のクラブの成長のために大きな意味を持つことは間違いない。オリヴェイラ会長も「大きな差を見せつけられました。ポルトの強度が高く、立ち上がりでナーバスになってしまいました。(0-5は)当然の結果だと思います」と落胆しつつも、キャプテン同様すでに前を見据えていた。

「選手たちにとって本当に重要な試合だったと思います。彼らがポルトと対戦するのは最初で最後かもしれません。こういった対戦を通して感じた人々とのつながりは、普段のリーグ戦に戻った時により重要なものになるでしょう。まずは次のリーグ戦に向けて準備し、自分たちの人生を再び歩み始めますよ」

 ポルトガル紙『ア・ボラ』などによれば、今回の試合では、ポルトが受け取るはずだった分の興行収入約3万ユーロ(約360万円)を、ポルトガルサッカー連盟とポルトサッカー協会もテレビ放映権料による収入約5万ユーロ(約600万円)を放棄し、コインブロエスには合計8万ユーロ(約960万円)の臨時収入が転がり込むという。

 約1500人いる会員からの会費収入が主な財源で、全体の年間予算が30万ユーロ(約3600万ユーロ)のクラブにとっては大きな収入だ。これを今後どう活用していくかは、コインブロエスをどのように成長させていくかを決めるうえで非常に重要になる。

 もしかしたら「あのポルト戦があったから…」と振り返ることができるのは数年後かもしれない。あるいは「選手の人生が変わったか?」と言われたら、そうではないかもしれない。とはいえ“盟主”に真っ向から挑んだ90分間は、今月25日に創立99周年を迎えるコインブロエスが100年、200年と継続的に発展していくための礎になっていくはずだ。

(取材・文:舩木渉【ポルトガル】)

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最終更新:10/22(火) 19:50
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