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ビートルズを巧みに使ったヒップホップ映画 『イエスタデイ』で描かれた「Let It Be」のテーマ

10/22(火) 10:02配信

リアルサウンド

 ジェイ・Zやチャイルディッシュ・ガンビーノがいて、ザ・ビートルズがいない世界。それを想像するだけでワクワクする。もし彼らが存在しなかったなら、ジャズはもっと広く聴かれていたかもしれないし、現代のロックをはじめとした音楽やミュージシャンのあり方が違っているはずだ。ヒップホップもビートルズなしではどうなっていただろう。きっとジェイ・Zもチャイルディッシュ・ガンビーノも微妙に違う形で音楽を生み出しているに違いない。

【写真】『イエスタデイ』使用楽曲プレイリスト

 この奇妙な世界を舞台にした映画が『イエスタデイ』。劇中はビートルズの名曲が物語を彩るが、どの曲も主演のヒメーシュ・パテルの演奏によりオリジナルとは違う質感になっている。「Help!」に至ってはアッパーな8ビートのパンクで演奏され、驚きとともに納得してしまった。この並行世界では我々がイメージする音楽が流れることはありえず、この曲もパンク調の解釈に至る可能性は十分にあるからだ(厳密に言うと、パンクが今のパンクになっていたかも怪しいが)。もし我々の世界との共通項があるとすれば、それはビートルズ以前の音楽のみ。ファンは違和感を覚えるかもしれないが「今ビートルズの楽曲が新曲として発表されたら?」と考えると、これこそがリアリティなのではないか。

 とすると、物語中の楽曲で最も違和感をもたらすのはビートルズの曲ではなく、エド・シーランの「Shape Of You」と言うべきだろう。ビートルズなしにはクイーンやレディオヘッドらにつながるUKロック史も異なっているはずで、さすがのエドもそのパラドックスからは逃れられない。さすがに彼自身はビートルズを知らない設定なので良いとしても、ここで流れるべきは本来ダブステップやレゲエなど(要するに変化があれば何でもいい)多少の違いを含んだ「Shape Of You」であるべきだった。しかし、この曲が不意に2つの世界をつなぐ。当場面は笑いが起きるシーンだが、音楽的な時空の歪みによってメタな違和感が最も生じる瞬間でもある。

 また映画の大きなテーマとなるビートルズ楽曲として、タイトルに冠された「Yesterday」だけでなく「Let It Be」も挙げなければならない。この2曲が冒頭に配置されているのは偶然ではなく、歌詞が主人公・ジャックの未来が暗示している。「Yesterday」については映画を観てもらえば理解できると仮定して、対旋律として響く「Let It Be」について言及したい。

 唯一ビートルズを知るジャックの栄光と葛藤は、他人の作品で自分を偽ることによって生まれる。それは彼が「Let It Be(ありのままに)」をサビすら歌えないシーンに象徴されていた。最後までこの曲はきちんと歌われることはない。「ありのままに」の演奏を邪魔するのはアイフォンの着信音やくだらない会話だ。これは日々スマホを握りしめ、誰かのSNSの投稿や「いいね!」に一喜一憂し、「ありのまま」を妨害されている我々の生活である。

 「ありのまま」といえば『アナと雪の女王』(2013年)の主題歌「Let It Go(自分を解放しろ)」だが、これは文脈的に「Let It Be」と性格が異なる。エルサが抑圧していたのは魔法の力を持つ強い自分で、ジャックが抑圧していたのは冴えない音楽家である弱い自分だからだ。両者は「ありのまま」という意味合いにおいて、正反対のベクトルを向いている。結局ジャックは他人の曲を自分のものとして発表し、レコード会社のブランディングとともに成功を収めたが、手に入れた栄華は「ありのまま」ではない。当然のように彼は自己矛盾に悩まされ、大切なものを初期ビートルズに似た風貌の男に奪われる。この演出はとても良くできていた。

 『イエスタデイ』は他人の受け売りで自分を偽り、日常を失った哀れな男の物語だ。前述の通り、これは現代を生きる我々のことであり、同時にマーケティング/ブランディング/コンプライアンスに溺れるさまざまな業界に対する皮肉でもある。楽曲販売の戦略会議におけるスタッフの空虚な拍手も、黒人A&Rが「ホワイト・アルバム」をダイバーシティの観点から否定する滑稽なシーンも、実にクリティカルな表現だ。そもそもヒメーシュ・パテルはインド系移民2世のイギリス人。その彼がビートルズを歌うこと自体、社会的にもビートルズ史的にも興味深い。

 さて、ジャックから大切なものを奪うのもビートルズなら、彼の内側を吐き出させるのもまたビートルズだ。特に冒頭で触れた「Help!」の演奏シーンは胸が張り裂けるほどのカミングアウトである。これほどこの曲を効果的に使った作品も他にないだろう。作品全体を通してビートルズという巨大なロックの古典が、より大きな物語を展開するためのピースとして巧みに使用されていた。そして何より上手いのは、映画のタイトルが『イエスタデイ(Yesterday)』であること。どんなに悪いことが起きても物語で起きるすべてのことは所詮「昨日」の話。大事なのは「今日」はどうなのかなのだ。それは主人公・ジャックだけではなく、我々にも日々問われている。

 そして、この「あるがまま」というテーマはロックというよりも、ヒップホップでよくあるトピックである。よって当作をビートルズを使ったヒップホップ映画だ、と言うことも可能だ。そう考えると冒頭にジェイ・Zとチャイルディッシュ・ガンビーノの名前が挙がったのも不思議ではなく、この作品が隅々まで実によくできた映画であると言わざるをえない。

小池直也

最終更新:10/22(火) 10:02
リアルサウンド

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