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ヤクルトV2に貢献、“恐怖の八番”ミミズ男・ハドラー騒動とは?/平成助っ人賛歌【プロ野球死亡遊戯】

11/6(水) 11:01配信

週刊ベースボールONLINE

NPB助っ人史に残る事件!?

「年を追うごとに薄れていく存在感。清原和博(西武)&桑田真澄(巨人)の苦悩の日々……」

平成の歴代外国人 最強ベストナインは?

 1993年(平成5年)の雑誌を見るとそんな厳しい見出しの論調が目立つ。80年代中盤に10代でニューヒーローとなった“KKコンビ”も当時プロ8年目、清原は次第に“無冠の帝王”と指摘され、桑田は度重なるスキャンダルに見舞われ8勝15敗と大きく負け越し。『週刊ベースボール』でも「スーパースターへの階段を2段飛ばしくらいのスピードで駆け上がっていたのに、今はスターの段階で迷走中」なんて記事が確認できる。この年は松井秀喜(巨人)がデビュー、伊藤智仁(ヤクルト)や杉山賢人(西武)といったルーキーたちの活躍も話題となったが、93年の球界でプレー以外に大きな話題を集めた助っ人選手がいたのを覚えているだろうか?

 ヤクルトのレックス・ハドラーである。念のため断っておくが、同年夏に公開され、いろいろと物議を醸した安達祐実主演の映画『REX 恐竜物語』とは一切関係ない。ハドラーはあの通算1436安打の名外国人選手レオン・リーの紹介で、92年秋の宮崎・西都キャンプにテスト生として来日。元ヤンキースドラフト1位という経歴の持ち主で“ハリケーン”と呼ばれる激しいプレーが持ち味も、当時すでに32歳。メジャー時代は複数球団を渡り歩く控え内野手で、常時出場機会を求めてのチャレンジだった。その動向は当初まったくニュースになることはなかったが、93年3月10日、NPB助っ人史に残る事件が起きる。

 その日、神宮球場でのオープン戦が開始直前に雨天中止となり、一塁側ベンチのヤクルトナインは手持ちぶさたにしていた。そこに突然現れたハドラーは、なぜかミミズを数匹手にしている。同僚のジャック・ハウエルが「こいつを食ってみな」なんてけしかけたお遊びだ。当時の週ベ『オープン戦93熱球便』にも「ID野球もかなわない!?“ヘンな外人”を地でいく新助っ人・ハドラーの奇行」とまるで『週刊プロレス』の謎のアメリカ人レスラーを追うようなテンションでこの衝撃の様子が詳しくリポートされている。

「なんと米国ではセミを食べたことがあるというハドラー。ナインの1人2000円の声に、気をよくし、生のままミミズを食べてしまったのだ。飲みこんだわけではない。ムシャムシャと、時には口をあけて“経過報告”までする念の入りよう」

 現代ならコンプライアンス的にいろいろとアウトな気が……というのは置いといて、記者の前で食後につまようじで歯の掃除をしながらハドラーはこんなコメントを残している。

「グッド・プロテイン(いいタンパク質)。アメリカのミミズはちょっと酸っぱいけれど、日本のはおいしいよ。ゴキブリだけは食べないよ。雑菌があるし、食べて死んだ話も聞いたことがあるからね」

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最終更新:11/6(水) 12:17
週刊ベースボールONLINE

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