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フェミニストも納得する「ポルノ」とは? 独ベルリンのポルノ映画祭で考えるポルノの意味、そしてその力

11/7(木) 17:24配信

HARBOR BUSINESS Online

ベルリンでオルタナティブ・ポルノの映画祭が開催された

 10月22日から27日の5日間、ベルリンで第14回目のベルリンポルノ映画祭(the Pornfilmfestival Berlin)が開催された。

⇒【画像】映画祭の一環に「Porn meets Academia(ポルノと学術研究機関)」というパネルトークセッションがあった

 性、政治、フェミニズム、ジェンダーをテーマにしたインディーズ、オルタナティヴ映画の祭典である。クラブカルチャー、パンクカルチャーが根強いベルリンならではの映画祭だ。旧東ベルリンに位置する3つの独立系映画館を貸し切って大掛かりに開催されたこの映画祭、いつ行っても人混みが途絶えることはなかった。

 ちなみにこの映画祭に感化され、ロンドンでもポルノ映画祭が2017年より毎年春に開催されている。ヨーロッパでオルタナティヴ・ポルノの社会的認知度が徐々に上がってきたと言っても過言ではないだろう。

女性を過度に客体化する「悪い」ポルノに対抗するオルタナティブ・ポルノ

 そもそもオルタナティヴ・ポルノとは何か。

 1970年代のアメリカはポルノ映画の黄金期だった。「ディープ・スロート」(1972年、ジェラルド・ダミアーノ監督)、「ミス・ジョーンズの背徳」(1973年、ジェラルド・ダミアーノ監督)と70年代初頭は続々とポルノ映画が公開され、空前のヒットとなった。

 ちなみに上記の映画は、東映系の洋画配給会社・東映洋画が輸入し、日本でも公開された。この一連のポルノブームは米国で「ポルノ・シック(=おしゃれポルノブーム)」と呼ばれ、当時のポップカルチャーに多大なる影響を及ぼした。

 もちろんこの「ポルノ・シック」は全ての人に歓迎されたわけではない。このポルノのメインストリーム化は当時の女性活動家間に論争を呼び起こした。「ポルノ戦争」と呼ばれるこの論争は反ポルノ女性運動家である、アンドレア・ドウォーキンやセクハラ問題の第一人者であるキャサリン・マッキノンに対し、ナディア・ストラッセンやゲイル・ルービンの反検閲、ポルノ擁護派女性運動家が2つの陣営に分かれて対立し、てポルノの是非を問うたものだった。

 中でも、自身もポルノ女優である性活動家アニー・スプリンクルは「悪いポルノへの答えはそれを根絶することではなく、より良いポルノを作ることである」と声高に表明し、「より良い」ポルノ、つまり家父長制的でなく女性差別的でないポルノを作ることの大切さを謳っている。

 また、フェミニスト映画研究家のリンダ・ウィリアムズはその著作「ハードコア:権力、快楽、そして顕在化への乱心(Hard Core: Power, Pleasure and the Frenzy of the Visible)」(1989)で主要ポルノ産業に女性の視点を取り入れることの重要性を説いた。

 このような流れの中で、2000年代から欧米諸国では女性向け(フェミニスト)ポルノ、LGBTQ向けポルノ、アートポルノなど、既存のポルノの枠組みに捉われない新しいポルノを作ろう、という動きが出てきた。このようなポルノ全てを包含する意味として、オルタナティヴ・ポルノという言葉が使われるようになった。女性を過度に客体化する「悪い」ポルノに対して、もっと男女平等に性の喜びを描くことに重きを置くのがオルタナティヴ・ポルノの要である。

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最終更新:11/7(木) 17:24
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