ここから本文です

年をとったら若いとき以上に「おしゃれ」になる|不良老年という生き方

11/8(金) 15:00配信

サライ.jp

文/印南敦史


2000年に初版が発売された『不良老年のすすめ 心意気がいちばん』から19年。『不良という矜持』(下重暁子 著、自由国民社)は、著者がふたたび「不良」をテーマに掲げた新刊である。

「矜持(きょうじ)」とは誇りやプライドを意味するが、それは同時に、自分のなかで密かに芽を出し、水をやり少しずつ育ててきた確固たる信念のようなものでもある。

では、「不良」はどうか? こちらは著者の解釈においては、枠にはまらぬ自由な人間のこと。やむを得ず学校や組織の枠に入ったとしても、やはりそれは自分の人生。

つまり「不良」の裏側には、職業の顔などに染められることなく、自分自身の人生を自由に思う存分生きたいものだという強いメッセージが込められているのだ。

そのような考え方を軸とした本書では、「どうすれば枠にはめられず自由に生きられるか」についてのヒントが対話形式で紹介されている。今回は「おしゃれ」について触れた第五章「不良老年は、『本物』をとことん追求する」のなかから、いくつかを抜き出してみたい。

―――年をとると身なりに無頓着になる人が多い気がします。どうせあとは死ぬだけなんだから、おしゃれになんか気を遣うのは無意味でしょうか?(本書140ページより引用)

この問いに対して著者は「おしゃれは本当に大事」なものであると答えている。特に年をとったら、若いとき以上に気を使うべきだとも。

理由はいたってシンプルだ。若いときなら、なにもしなかったとしても若さだけできれいに見えるだろう。多少おかしな格好をしていたとしても、若さでカバーできるわけだ。

ところが、年をとったらそうはいかない。いい加減な格好をしたりくたびれたものを着ていたりしたら、本当に醜く見えてしまうのである。

たとえば、街中を歩いている年寄り。みんなくすんだような色ばかり着てるじゃない?(中略)
「みんなに合わせて無難な格好しておけばいいや」って考えてるのかしら? そんなふうに適当に済ますんじゃなく、自分に似合う素敵な格好を、気合を入れて考えてほしいと思うんですけど。
特に、男はひどいわね。男の何のお構いもなしっていうのは、本当にどうしようもない。「ボロは着てても心は錦」っていうけど、せめてサマになるボロを着てほしいわよね。(本書140ページより引用)

なかなか手厳しいが、的を射た発言ではある。ちなみに著者のパートナーは、著者以上に身なりに気を使っているのだとか。自宅で食事をする際にも「ジャージやスエットはダメ。きちんとした格好をしろ」と釘を刺すという。

そのため、ふたりで外出するときも、TPOをわきまえた格好をしてくれるので気が楽なのだそうだ。

誰かと連れ立って歩くなら、お互いを引き立て合う格好を考えてみる。おしゃれって、ただ着飾るんじゃなくて、そういうバランス感覚も大事だと思います。(本書142ページより引用)

気が緩んでいると「普段着でいいだろう」などと思ってしまいがちだ。だからこそ、この考え方は心にとどめておきたいものである。

1/2ページ

最終更新:11/8(金) 15:00
サライ.jp

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事