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阿部和重が語る、『オーガ(ニ)ズム』執筆に至る20年の構想「アメリカの変化と日米関係を描こうとした」

11/8(金) 11:15配信

リアルサウンド

 街で力を持つパン屋の田宮家とヤクザの麻生家を中心に同時多発的に事件が発生する『シンセミア』。一子相伝の秘術を使う菖蒲家の歴史を綴った『ピストルズ』。そして、CIAケース・オフィサーと小説家がバディとなり核テロの危機に対峙する新刊『オーガ(ニ)ズム』。作者自身の出身地・山形県東根市の街を舞台にした神町3部作(トリロジー)が完結した。戦後史や日米関係というシリアスなテーマを含むと同時に、エンタテインメントにもなっている長大な物語だ。しかも『オーガ(ニ)ズム』の主人公は「阿部和重」で、妻の「川上」が仕事で留守の間、幼い息子の面倒をみている設定である(知られる通り、作者の妻は小説家の川上未映子氏)。現実の事件、人物、場所を登場させつつ、東日本大震災が起きなかったもう1つの日本で大きな虚構を構築した阿部和重氏に創作の背景をきいた。

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■「『シンセミア』を書きつつ、2部、3部へ至る物語の流れを考えました」

――神町トリロジーが完結しました。第1作から20年になるんですね。

阿部:『シンセミア』の雑誌連載スタートが、1999年10月でした。

――単行本になったのが2003年でした。そして、2010年刊の『ピストルズ』を経て『オーガ(ニ)ズム』で完結したわけですが、『シンセミア』の頃から3部作になると話されていました。年月もたっているので、当初の考えと実際の完結編はかなり違っているのではないですか。

阿部:もちろん20年前にすべてを構想していたわけではありません。まず『シンセミア』を書きつつ、2部、3部へ至る物語の流れを考えました。長編も短編もいつもそうですが、連載前に7、8割くらい全体像を組み立てて書き始めます。3部作にすると決めていたので、『シンセミア』の連載と同時に第2部『ピストルズ』の登場人物や展開を考え、最終的に第3部をどのように完結させるかを構想してゆきました。主には、3部作の舞台であり全体の主人公と見ることもできる神町がどうなるのか。また、登場人物たちの関係性がどのようなドラマを構築することになるか、という部分です。その頃には、『オーガ(ニ)ズム』でCIAが主要な役割を演ずることは決まっていたはずです。

 『シンセミア』は敗戦直後の混乱期から話が始まります。そうした中、アメリカの占領軍が神町にもやってくる。NHKのドキュメンタリーをプロローグとして引用していますが、アメリカが余剰小麦を戦略的に日本へ大量に売りつけ、米飯が主体だったこの国にパンを食べる文化が根づく。そこから、物語の中心となるパン屋の田宮家の成り立ちが語られます。その神町のストーリーが、最終的に『オーガ(ニ)ズム』でまたアメリカとの関係のテーマにつながる。『シンセミア』にあった東北の牧歌的な果樹王国とは違った地域の姿を現す。それが神町への首都機能移転の設定です。

 登場人物については『シンセミア』の最後に登場する田宮光明が、運命を背負った子どもといえる存在。彼と『ピストルズ』の主人公・菖蒲みずきが関係を持つことで、大きな出来事が生まれる。『オーガ(ニ)ズム』がそういう内容になることは、『シンセミア』の段階で決まっていました。

――首都の移転まで考えていたんですか。

阿部:明確に首都機能移転と決まっていたわけではありませんが、それに類する形で町が変貌を遂げる設定は考えていました。神町のなかでほとんどのドラマを展開させる以上、アメリカ大統領が山形県を訪れるシチュエーションを作らなければいけない。バラク・オバマは広島へ行ったわけですが、広島、長崎ならともかく、東北のただの小さな町に大統領を呼ぶにはどうしたらいいのか。いろいろな案から首都移転に決定したのが、『ピストルズ』執筆の頃です。

――『ピストルズ』刊行は2010年。その翌年に発生した東日本大震災と福島の原発事故は『オーガ(ニ)ズム』では起きません。かわりに、2011年7月17日に永田町直下地震で首都移転の原因となる国会議事堂崩落があり、核爆発が疑われた設定です。パラレルワールドの日本ですが、そうした形で暗に震災と原発事故の要素をとりいれたわけですね。

阿部:もちろん、震災を踏まえ書きこんだ面はあります。ですが『シンセミア』、『ピストルズ』以外にも『オーガ(ニ)ズム』に関係する自作があって、『ミステリアス・セッティング』(2006年)は、首都移転にかかわっています。同作の設定を偶然結びつけることができた点は、作品世界を組み立てる上では助かりました。

■「アメリカの変化と、日米関係を神町トリロジーで描こうと思いました」

――『ミステリアス・セッティング』は、小型核爆弾だというスーツケースが出てくる話でしたね。阿部さんの小説は、現実に流れているニュースもとりこむスタイルです。『シンセミア』は2003年刊だから本で読むと、盗撮で表現される監視社会のモチーフなど、2001年にアメリカで起きた9.11同時多発テロを踏まえた作品のように読める。でも、雑誌連載開始は1999年でした。その意味で、現実の時間と小説の時間ということに関して『オーガ(ニ)ズム』で興味深いのは、オバマの登場です。同作の「文学界」連載は2016年11月号スタートでしたが、その頃はアメリカ大統領選の終盤でした。新大統領へ替わろうとする時期にその前の大統領が登場する連載を始めたのは、書きづらくなかったですか。

阿部:すでにパラレルワールドを組み立てている時点で、現実とのズレが拡大するのは想定内でしたし、自分なりにある程度の国際情勢の見通しを立てた上で書き進めたのでそこは特に困ることはなかったです。それとは別に、連載開始の頃は、トランプが大統領になってしまうかもしれないという危機的ムードが日に日に強まっていて、僕もヒラリー(・クリントン)頑張れ、と思ってたんですが結局、ああなった。ただ、トランプが当選した事実はある意味、近年のアメリカをめぐる状況を踏まえれば避けられない流れだったのかもしれないともとらえています。

 あえて大ざっぱな見方をすれば、「テロとの戦い」を始めたブッシュ政権が、大量破壊兵器をめぐる誤情報を根拠にイラクへと戦線を拡大させた時点で今日のアメリカが抱える困難は始まっていたのかもしれない。戦争には勝利できても戦後処理がうまくいかない。そうこうするうちに、ハリケーン・カトリーナによる大きな被害が出て内戦が起こりかねないほど国内が混乱に陥り、また、被災者の救助にあたるべき兵士がイラクに派遣されていたことで生じた対応の不手際を強く批判され、ブッシュ政権は中東どころではなくなってしまう。そうした中、国際的には中国が台頭し、2010年代に入るとロシアの策動が急激に目立ちだす。そのような状況でオバマが8年間大統領を務めたわけですが、唯一の超大国と見られていたはずのアメリカが国際情勢の様々な局面で影響力を発揮するのが難しくなっていった。中東からの米軍撤退を進め、CIAに拷問禁止令を出し、グアンタナモ収容所の閉鎖計画を発表したオバマ政権も、他方ではドローンによるテロ犯罪者暗殺を積極的に推し進めていたとされるなど、必ずしもクリーンなイメージばかりでないのは確かですが、とはいえ、ノーベル平和賞受賞者としての顔を前面に出し、国際協調主義を彼は最後まで追求し続けた。だからこそ正式な手続きにのっとって問題に対処しようとしましたが、そうした真っ当でオープンな姿勢は合意を得るのに時間がかかるため、強権的で無法な国際勢力にやすやすと先手を打たれてしまう。おまけに連邦議会のねじれ状態のせいで、オバマ政権はレームダック化し、なにも解決できない状況に追いこまれてしまった。

 そんな中、国内では政治的にも経済的にも文化的にも二極化が進んでしまっていたわけで、それでアメリカが結果的に行きついた先が、社会の分断を煽ることで存在感を高めていったトランプの大統領就任だった。だから、今から3年前をアメリカ社会の崩壊の始まりと見ることもできれば、1つの帰結だったととらえることも可能かもしれない。そうした国際社会におけるアメリカの変化と、日米関係を神町トリロジーで描こうと思いました。今や傷だらけになったアメリカとのつきあいかたを、どうとらえ直すべきか。自分なりにあらためて考えて書いたのが『オーガ(ニ)ズム』なんです。

――『オーガ(ニ)ズム』の主人公は「阿部和重」で相手役はCIAのラリー・タイテルバウム。この2人が日米関係の暗喩になるわけですね。

阿部:読みものとして楽しんでもらえる小説にもしたかった。バディ(相棒)ものの形をとることで、日米関係のテーマに読者をすんなり誘いこむ構造を組み立てたつもりです。自分としては、ここまでキャラクター重視、キャラクター本位に作品の全体像を構築したことはなかった。『シンセミア』では、神町という1つの空間で同時多発的にいろいろなことが起きる。町内各地の出来事ありきで物語の展開が決定されるスタイルでした。『ピストルズ』では一族の歴史があり、時間の流れのなかで設定本位に全体像が組み立てられた。それに対し『オーガ(ニ)ズム』は、神町という舞台はもちろん、1部、2部の時間や設定、人物を踏まえた形で結末まで物語らなければならない。設定は絶対動かせない。さらに動かせないのは現実の出来事。報道記事を多く引用して、現実の事件や出来事をとりこんでいるからそこもずらせない。しかし当然すべてはうそである作り事として組み立てることになるので、動かせない設定や事実とフィクションの自由な創作の部分をどう組みあわせるかが、大きな課題でした。

――事実を大幅にとりいれると同時に、東日本大震災がなかったという大きな嘘も語っています。阿部さんの出身地・神町は、原発事故があった福島の隣の山形にありますが、実際の震災はどのようにとらえていましたか。

阿部:自分自身は東京に移り住んで長いので当時の山形について説明できるほど状況を知っているわけではありませんが、兄夫婦と両親は今もパン屋をやって暮らしているのである程度のことは聞いていました。神町のある東根市は宮城県と接していて往来しやすい立地でもあるので、仙台方面から被災者がかなり避難にきていたらしい。物資の輸送が途絶えてはいたようですが、実家のパン屋に材料のストックはあったので避難されてきた方たちにパンを提供したそうです。また、当時は放射能汚染が全国で深刻視されて、ボランティアが測定結果をネットで報告したりしていた。僕も通販でガイガーカウンタを購入しましたが、正確な計測ができているのかわからなかった。それはともかく、震災2ヵ月後には岩手、宮城、福島の被災各地を取材し、半年後にまたおなじ場へ出向き、『幼少の帝国―成熟を拒否する日本人』というノンフィクションの後半にその記事を載せました。

■「伊坂さんと一緒に仕事できたのは得難い体験でした」

――宮城といえば、阿部さんは仙台在住の伊坂幸太郎さんと『キャプテンサンダーボルト』(2014年)を共作しました。その影響は。

阿部:伊坂さんとの共作は、『オーガ(ニ)ズム』を書く上で大きな経験になりました。『キャプテンサンダーボルト』の前に取り組んだ長篇『ピストルズ』は、形式的なルールを過去作以上に徹底的に決めて書いたんです。一字一句の選択まで細かく設定しました。『ピストルズ』の物語は要するに、ヒーリングであなたのトラウマなくしてあげましょう的な展開でもあるんですが、書いた本人は逆にがんじがらめで脱け出せなくなってしまった。だから、リハビリ的に次に書いた『クエーサーと13番目の柱』(2012年)は徹底的にシンプルな形式性を追求しました。文学作品に不可欠な要素というのは、だいたい3つに整理できるんじゃないかと考えたんです。風景描写、比喩、心理展開です。それらを全部なくしても文学として成立させることは可能か、という命題に基づいて書いたのがあの小説です。ないないづくしで書くのがリハビリにもなるのではと考えて、全部現在形の文章にしてみた。するとシナリオの形に近くなる。自分はもともとシナリオの形式から書くことを始めた人間なので、そういう意味では原点に戻れた感覚がありました。

 また、久しぶりに短編をまとめて書く時期があって、その中でもいろんなことを試した(『Deluxe Edition』2013年に収録)。伊坂さんとの共作はそれと同時期に進めました。中高生の部活のように、2人であれ面白いよね、ああいうことをやってみようよと楽しみながらアイデアを出しあっていった。その過程で、小説を書き始めた頃の自由や創作の喜びを取り戻せたのが本当に大きい。あの時期に伊坂さんと一緒に仕事できたのは得難い体験でした。そうでなかったら『オーガ(ニ)ズム』は今の形にはなっていなかったし、不満の残る仕上がりになっていたと思う。だから伊坂さんには本当に感謝しておりますと強調しておきたい(笑)。

 もう1つ大きかったのは、蓮實重彦さんの『伯爵夫人』(2016年)。同作の評論を書くために細かく読みこみました。伊坂さん、蓮實さんという他者の言葉に深く触れることで、ルール尽くしで不自由になっていた自分の殻を破ることができた。そうした経験の影響はとても大きかったです。

円堂都司昭

最終更新:11/8(金) 11:15
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