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「普遍性」と「革新性」を併せ持つ「カルティエ デザイン」の現在

11/8(金) 12:00配信

新潮社 フォーサイト

 

 私たちをエントランスで出迎えるのは、杉本博司氏の《逆行時計》(2018年、個人蔵)。作家の手で修復された1908年製造のタワークロックは、なぜか時を遡り、針は逆方向に進んでいる。対する私たちはすでにここから、この展覧会の中心的テーマである「時間」に囚われていくのだ。


■「どのような進化を遂げたのか」

 国立新美術館で開催されている「カルティエ、時の結晶」は、世界で初めて1970年代以降の「カルティエ」の現代作品に焦点をあて「時間」をテーマに、序章「時の間」に続く、「色と素材のトランスフォーメーション」「フォルムとデザイン」「ユニヴァーサルな好奇心」という3章で、普遍的でありながらも革新的なカルティエのデザインを紹介している。

 カルティエのイメージ スタイル&ヘリテージ ディレクターのピエール・レネロ氏は、カルティエにおける3つの責任を「スタイル」「クリエイティブプロセス」、そして「ヘリテージ」だと言う。1970年代、カルティエは自身の作品への考察を深めるために自らの作品を収集し始め、1983年、「ヘリテージ」といえる「カルティエ コレクション」を正式に創設した。ジュエリーや時計などの作品群は、1989年にパリのプティ・パレ美術館で大規模な展覧会が開かれて以降、これまでニューヨークのメトロポリタン美術館、ロンドンの大英博物館、モスクワのクレムリン美術館、北京の故宮博物館、そして東京国立博物館など、世界の錚々たる美術館・博物館などで展覧会が行なわれてきた。

 現在、そのコレクションはさらに充実したものになり、1860年代以降の3000点を超える作品で構成されている。ピエール氏は、「今回の展覧会は、1970年代以降のカルティエが過去の方向性から、どのような進化を遂げているのか、それ以前の作品と組み合わせることによって、進化を際立たせたいと思いました」と、本展覧会の意義を話す。

 国立新美術館主任研究員の本橋弥生氏も、「コレクションのみならず、多数の個人蔵を含めた、20世紀初頭から現在に至るまでのハイジュエリーを中心に、カルティエのイノヴェーションに満ちた『デザイン』の世界を探求したいと思いました」と語る。

 「4年ほど前にピエールさんから展覧会のお話をいただいたときに、国立新美術館が現代美術や新しいクリエイションを表現することに重きを置いていることや、ガラスを多用したフラクタルな建物、国立美術館としての中立性を、カルティエが評価してくださったのではないかと、勝手に想像していました。

 カルティエ作品の持っている力やきらめきがどれほど強いものかというのは、すでに理解していましたので、今回はフォルムやラインといった造形的な特徴を際立たせるような展示にしたかったのです」


■進化は“ボリューム”

 1847年にルイ=フランソワ・カルティエがパリで創業したことに始まるカルティエは当初、王侯貴族のためのジュエリーを手がけていたが、彼の3人の孫ルイ、ピエール、ジャックは社会的な地位や富を表していた保守的なデザインを解放し、あらゆる時代のあらゆる文化からインスピレーションを得て、ジュエリーを芸術の域まで高めたのだという。

 「3人の孫のうち、特にルイが打ち立てた美学がカルティエの“普遍性”とも言えるのではないかと個人的に思っています。それは左右対称や、古典数学に通じるような、誰が見てもバランスが取れていると感じる、理性的で幾何学的なものです。第1章でサンゴを使用したネックレス、ブローチ、ブレスレット、リングを展示していますが、同素材とはいえ、1925年のブローチ、1974年のリング、2017年のネックレスが、時代が違うにもかかわらず、違和感なく並んでいる。まさにタイムレスな美と言えます。

 では、カルティエの進化とは何か、と言えば、“ボリューム”ではないでしょうか。第2章の『フォルムとデザイン』のなかに『ニューアーキテクチャー』というセクションがあり、そこに重きをおいています。ボリュームが追求された形態や有機的で非対称なジュエリーの構造は、ミクロな建築性を持っています。その立体感は20世紀初頭の作品にはあまり見られません。

 第3章で展示されている『ヘビ』をモチーフとした作品に注目しても、1919年の《「スネーク」ネックレス》は平坦で非常に上品。一方、同じようなデザインである2015年の《ネックレス》は、太さが出て、色使いも立体的に見えるようにグラデーションが入っています。

 色については、20世紀初頭は大胆な色使いがカルティエの特徴で、現代に入って逆に繊細な色調も使用するようになってきました」

 20世紀初頭の西洋において、青と緑を組み合わせるのは「悪趣味」と言われていた。しかし、カルティエは大胆にもこの色使いに挑戦している。

 バレエ・リュス(ロシア・バレエ)のコスチュームや舞台美術などのほか、マハラジャの栄華を見せるインド風ジュエリー、日本の浮世絵や工芸品、中国の空想上の動物など――カルティエのインスピレーションの源泉は世界のあらゆる国に及び、臆することなくそれがデザインに取り入れられているのだ。


■インスタレーションのような空間

 また、本展覧会で基本に据えている「時間」というテーマを鑑賞者に明示してみせたのは、その特異な会場構成にある。

 「今回、そもそも“宝石”とは何か、というところから考えなくてはなりませんでした。宝石は地球の内部から産出された鉱物で、何億年という壮大な時間を経て、今、私たちの目の前にある。まさに地球の歴史の結晶でもあり、奇跡的に掘り出されたことを想像する際の感動を、展覧会を通して子どもから大人まで感じ取ってほしい。それをより具体的に提示してくださったのが、会場構成を手がけた『新素材研究所/杉本博司+榊田倫之(さかきだ・ともゆき)』でした」

 新素材研究所が生み出した空間は、章ごとに1つのインスタレーション(空間をアート作品として表現すること)といっても過言ではないほどに空間自体が人の目を惹きつける。

 「会場のデザインコンセプトである『結晶化』は、杉本さんが考えてくださいました。本展には幾層にも重なる時間があります。カルティエの持つ20世紀初頭と現代を比較し、普遍的でありながらも進化したデザインの時間、宝石が生成されるに至った時間、職人が技術でその宝石を芸術品へと昇華させた時間、会場構成で使用された木材や石材が持つ時間、それを加工した時間、さらに展示物を見る私たちの、何と儚く短い時間。一言で時間を表現したいと言っても、カルティエや新素材研究所と、ディスカッションしながらイメージをすり合わせていきました」

 会場は冒頭に記したように、杉本氏の作品で、針が逆行する約3.5メートルの高さを持つ《逆行時計》から始まり、「ミステリークロック」「プリズムクロック」が配置された序章「時の間」に続く。展示会場の中心に置かれた序章「時の間」の空間では、あたかも天空から光が差し込むように、14の時計を白い布の12の円柱で包み込む。

 そこから天蓋のように吊り下げられた紗(しゃ)が空間を分けた第1章、大谷石が井桁状に組み上げられ洞窟を進んでいく感覚にとらわれる第2章、彗星の軌道を形態化したような約16メートルの楕円状のケースが置かれた第3章と、順を追う構成となっている。

 新素材研究所の榊田氏は、会場構成に込めた思いをこう語っている。

 「人間を含めたすべてのものが時間に支配されています。時間を遡って物事を考えることで、同時に万物の未来に思いを馳せることを杉本のアート作品で示し、序章「時の間」では、時計を暗示する12本の光の円柱で、展覧会の核となる『時間』を表現しました。

 次の第1章では、『神聖な御簾の中に御神体がおわします』というように、紗の囲いの中に檜(ひのき)の展示ケースを配しています。ほのかに漂う白木の香りを感じながら、闇の中に浮かび上がる作品に対峙し、嗅覚と視覚で楽しむことができます。

 第2章では宝石とは対極にあるような素朴な大谷石を使用しています。1本80~100キロある石を約500本使って、洞窟の中で宝石を探し出すような空間構成を目指しました。第3章は、世界の様々な文化からインスピレーションを受けたカルティエだからこそ、人類が文化を超えて1つの地球の上に存在していることを啓示する展示にしています。神の目で地球を覗き込むというコンセプトで、人類の営みを俯瞰する視点で宝石を見てもらう。彗星の軌道の形にしたのは、宝石のような小さなものを見ると同時に、宇宙という大きなスケールも知覚していただきたかったからです」

 さらに驚くべきは、ジュエリーを展示するために使用しているトルソーだ。ピエール氏が「いったい、どれほどの時間と労力をかけたのか、トルソーそのものが彫刻作品だ」と感嘆したほど、その美しさは際立っている。素材は屋久杉、神代杉、神代欅(けやき)など。榊田氏が大阪の仏師のもとに足しげく通い、彫刻してもらったものだという。中には自然の風合いそのまま、ひびが入ったものがあるにもかかわらず、むしろそれが木が経てきた「時間」を感じさせ、ある種の風格さえ漂わせている。


■「ジュエリーとどう関わるか」

 本橋氏は「カルティエと新素材研究所と一緒に仕事をすることで、刺激を受けることが多かった」と話す。

 「カルティエの作品を見れば明らかですが、美の追求のために最善を尽くしていて、中途半端な作品は1点もありません。それが世界中の人々を魅了しているのだと思います。新素材研究所も空間で表現をするということに関して、決して妥協をしない。例えば屋久杉、神代杉に似ているからといって、他の木材で済ませたりしないんです。その姿勢を目の当たりにしたからこそ、カルティエは彼らのクリエイティビティに関してはNOと言いませんでした。カルティエの姿勢にも、1つの企業を超えて文化や文明をつくっていこうとする気概、大きなビジョンを見る思いがしました。カルティエは自分たちの作品を収蔵、展示する美術館を持っていません。それは、様々な国で展覧会を開催するたびに、新しい提案を受け入れて、新しい見せ方をできること自体が前進と捉えているのでしょう。

 今回は展示作品約300点のうちおよそ半数が世界中から集められてきた個人所蔵の作品です。この規模では2度と見ることができないと言ってもいいほどで、あまりハイジュエリーを身近に感じていらっしゃらない方も少なくないと思いますが、ぜひ造形美、デザイン性の高さに注目してほしい。

 日本人が洋服を着るようになって150年ほど経ち、服装には日本らしさが出てきてはいるものの、ジュエリーとどう関わるか、については、洋服ほど進んでいないのではないでしょうか。この展覧会がジュエリーについて考え直すきっかけになり、またそこから新しいクリエイターが出てきてくれればと願っています」

 

カルティエ、時の結晶

会期:12月16日(月)まで 
会場:国立新美術館 企画展示室2E
休館日:毎週火曜日
開館時間:10:00~18:00 ※毎週金・土曜日は20:00まで ※入場は閉館の30分前まで

 

フォーサイト編集部

最終更新:11/8(金) 15:57
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