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「命の恩人は、死刑囚だった」 どんでん返しの帝王が死刑制度の現状と課題を宗教家の視点から炙り出す

11/8(金) 7:00配信

Book Bang

 囚人を相手に神仏の教えを諭し、時には死刑囚の最期にも立ち会う「教誨師」の存在は、二〇一四年に刊行された堀川惠子『教誨師』(第一回城山三郎賞受賞)によって広く知られるようになった。

 東京都三田にある浄土真宗の寺、綱生山當光寺。その第三十世住職である渡邉普相を訪ね、五十年もの長きにわたり東京拘置所で死刑囚教誨を続けてきた僧侶の人生、知られざる懊悩、死刑制度が孕む矛盾やその内実を克明に書き留めた一冊は、たちまち大きな反響を巻き起こした。

 近年こうして、ようやくその苛酷な務めが詳らかにされた教誨師を主人公に、ひとがひとを裁く危うさ、死をもって重い罪を贖うことの意義を問う、これまでに例のない長編ミステリが、中山七里『死にゆく者の祈り』である。

 暑さ厳しい八月、東京拘置所で教誨師を務める浄土真宗の僧――高輪顕真は、先輩教誨師の代理として囚人たちを集めての集合教誨に臨む。壇上から囚人たちひとりひとりの顔を窺いながら講話を進めていると、ある男に目が留まり、驚愕する。うっすらと紫色の痣で覆われた、あの特徴のある鼻。教誨を終え、刑務官に問い質してみると、男の名は関根要一。五年前、すれ違った若いカップルに鼻のことを嗤われ、衝動的にふたりを殺害。死刑判決を受けたという。あまりにも信じがたい内容に、顕真は耳を疑った。

 顕真と関根は学生時代の同期であり、同じ山岳サークルに所属していた。そしてなにより関根は雪の剱岳で、わが身を顧みず命を救ってくれた恩人なのだった。

 どうして、あの男が死刑判決を受けるような罪を犯したのか。後日、大学卒業から二十五年ぶりに教誨師と死刑囚として再会を果たした顕真と関根だったが、短い時間言葉を交わしたところで、顕真のなかに膨らんだ疑念が氷解することはなかった。かつて山に挑み、命を預け、預かり、単なる友人以上の絆を結んだ関根が、あのような短絡的な理由から殺人を犯したことにどうしても納得がいかない。しかもこのままでは、いずれ彼は死刑台の露と消えることになり、自分がその瞬間に立ち会わなければならなくなるかもしれない。顕真は関根との個人教誨を続けるかたわら、真実を求めて独自に事件を調べ始める。

 中山七里作品は、デビュー作こそクラシック音楽を題材にピアニスト岬洋介が謎解き役を務める『さよならドビュッシー』だが、以後猛烈なペースで刊行され続けてきた作品群を振り返ると、司法、医療、報道、政治、金融などの諸問題に鋭く切り込んだ“社会派”と形容されるタイプのものも少なくない。その流れでいえば本作は、世界的には廃止の方向に進みつつある死刑制度を存置し続ける日本の現状と課題を、宗教家の視点から炙り出した社会派ミステリとして読むこともできる。

 だが、裁判記録に目を通し、弁護士、検察官、取り調べを担当した警察官、被害者遺族を訪ねていく過程で、顕真が出家の道を選ぶきっかけとなったあまりにも苦い過去、そして関根が心に秘める“死にゆく者の祈り”が明らかになると、物語は「宗教」や「社会派」といった言葉の持つ冷静さや論理性をかなぐり捨て、がむしゃらな人間だけが発揮する「魂の発火」とでもいうべき熱を放ち始める。

 心に深い傷を負い、犯した過ちを悔い、仏に縋った顕真が、僧侶にふさわしくないと罵られ破門されるよりも、ひととして恩に報いるべきに報いなかったことをよしとしない心情と行動は、戒律や法律よりも心の奥深くに強く響き、人間の動かざるものを動かす可能性を真っ直ぐに描き出す。

 加えて、クライマックスの急転直下の展開は、“どんでん返しの帝王”の異名を取る著者の面目躍如といえる驚きをもたらし、予断を許さないミステリとしても十二分な出来栄えとなっている。

 世のなかには依然として不寛容な空気が渦を巻き、過ちはすべからく叩いて面罵し、罪は容赦なく断じることこそ正しいと信じて疑わない大きな気配をひしひしと感じる。間違いを犯したその先に目を向け、償うこと、贖うことを深く考える意識が欠落しているように思えてならない。二〇二〇年代の始まりを控えたこのタイミングに上梓された本作は、これからの日本に向けて中山七里が全身全霊を傾けて紡ぎ上げた「祈りの書」といえるのかもしれない。

 ※戒律や法律を超える魂の発火――宇田川拓也 「波」2019年10月号より

[レビュアー]宇田川拓也(書店員/ときわ書房本店)
うだがわ・たくや

新潮社 波 2019年10月号 掲載

新潮社

最終更新:11/8(金) 7:00
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