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酒井高徳が男になったドイツでの7年半――心無い個人攻撃に傷つきもしたが…【独占インタビュー前編】

11/10(日) 17:49配信

THE DIGEST

 8月14日、酒井高徳はヴィッセル神戸への完全移籍を発表した。7年半に渡りプレーしたドイツの地を離れ、新たな挑戦を選択したのだ。

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 神戸デビューは、そのわずか3日後のJ1リーグ23節。難敵浦和レッズを迎えたホームゲームでいきなり先発出場した酒井は、日本代表で2度のワールドカップに参戦した実力を遺憾なく発揮し、3 -0の快勝に貢献した。

 タレント集団の神戸のなかでも、大きな存在感を示している酒井を見ると、まだまだ老け込むには早過ぎる28歳のタイミングでヨーロッパを離れた決断に疑問が生まれる。

 なぜ今Jリーグに戻ってきたのか。その真意を探るために、いぶきの森球技場を訪ねた。

――まずはドイツでの7年半を振り返ってください。もっとも学んだことは?

「メンタリティですね。間合いなどの技術、戦術、強さやスピードなどプレー面以上に変わったのは、もっと根本的なところ。プロとして、人としての心構え、試合や練習に対するモチベーション、向上心、そういうものについてかなり考えさせられました」
 
――日本では気づけなかった部分?

「少なくともドイツに渡った当初は、勝ち負けにこだわっていなくて、というか、こだわっていたつもりでも本気度が今とはまるで違っていて。練習中に1対1で負けても『ちくしょう!!』って本気で悔しがってはいなかった気がします。でもドイツで生活するうちに、なんかこう、沸々と芽生えてきたんですよね。どんなに小さいことでも、絶対に負けたくないって気持ちが」

――それは、我が強い周りの選手に負けないように、自分をアピールしなくてはいけないから?

「そうです。『こいつには強く当たってもいい』とか、『あいつのせいにすればいい』とか舐められたらいけない。何も言い返さなかったり、なんでもイエスで返したりしたら、すぐに標的にされてしまう。本当にたちが悪い奴は、自分のミスをあたかもこちらのミスのように言ってきますからね。そうならないために、練習中から自分という存在を確立する、初めはそれを一番に考えて過ごしていました」

――どう確立していったのですか?

「言い返せないことが、すごくもどかしかったので、すぐにドイツ語を覚えました。最初はまったく反論できなかったけど、少しずつボキャブラリーを増やして、ああだこうだ言えるようになった。ちゃんと吐き出せるから、すごく楽になりましたよ。それに僕は日本人的な考えを持っていたのも良かった。自分の意見を押し付けるのではなく、相手の意見も尊重するようにしたら、チームメイトとの信頼関係がどんどん深まっていったんです」

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最終更新:11/10(日) 18:03
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