ここから本文です

皇室記者が現場で感じた、新天皇夫妻と上皇夫妻の「大きな違い」

11/10(日) 8:01配信

現代ビジネス

 天皇夫妻は日ごとにその安定性を増しているように思えます。皇后となってからの雅子さんが公務をほとんど完璧にこなしていることに驚きの声がありますが、私には予想どおりのことでした。

【写真】ハイスペックすぎる皇后・雅子さまの素顔

 「本当は雅子さんはもう、なんだってできますよ」。5年ほど前、夫妻に近い筋からそう聞いていました。前天皇夫妻に過剰な遠慮をする必要がなくなれば、雅子さんは必ず復活する。それは現役の担当記者をしていた十数年前から信じていたことでした。

「生前退位」が明らかにしたこと

 私は2008年までの約2年間、宮内庁の常駐記者でした。70代半ばだった前天皇の公務軽減策が提案されていましたが、前天皇は簡単には首を縦に振りませんでした。

 生真面目な性格を考えれば、思うとおりの活動ができなくなった時に「位を譲る」ことは、容易に予測できたようにも思えますが、当時は考えもしませんでした。昭和天皇の闘病の記憶があり、天皇とは最後まで天皇であるのが当然だと思っていたのです。

 初めて「退位の意向」が報じられた時は、驚き以上の激しい感情がありました。「政治的発言に当たらないのか」という憲法上の疑義とともに、メディアを利用して自ら世論の醸成を図っているとしか思えなかったからです。その気持ちは今も変わりません。

 当時の宮内庁幹部は記者に囲まれ「報道のような事実はない」「陛下のそのよう
なお気持ちは聞いたことがない」と完全否定する立場を取っていました。この言葉はいまだに修正されたわけではありませんが、結局前天皇は退位してしまいました。

 2016年8月8日のビデオメッセージには「退位」「譲位」の言葉は一つもありませんが、国民のほとんどが「お気持ちはよく分かりました」という反応を示しました。事前にさんざん報道されていなければ起きえない現象です。こうした筋書きを考えたのが誰だったのかと考えると、私は何とも言えぬ反感をぬぐえなくなるのです。

「他人の口」を使う

 正直に言いますと、私は現役記者当時から、前天皇夫妻を好意的に見ることができませんでした。「他人の口を介した報道で世の共感を得る」のは、何度となく繰り返されたやり方だと思っています。

 たとえば2008年に当時の宮内庁長官が定例記者会見で「(皇太子一家の御所への訪問は)増えておらず、両陛下も心配されていると思う」と、皇太子に「苦言」を呈したことを、突如明らかにしたことがありました。

 皇太子誕生日の記者会見の数日前です。本人の回答を求めているのは明らかでした。質問項目はすでに決まっていたため、「苦言」については志願して私が追加質問することになりました。皇太子は「家族のプライベートな事柄なので立ち入って話すのは差し控えたい」と話しました。

 当然だと思います。私は、自分では言えないだろうから代わりに言ってやろうと思い、質問の中にある言葉を忍ばせていました。「皇族に仕える立場の長官が自分の一存であの発言をしたとは私には到底思えません」。この言葉は今も宮内庁のホームページに載っています。記者の質問も一言一句保存されるのです。

 長官は当時の天皇夫妻の意を受けてあの発言をしたのだろう。多くの記者もそう思っていたはずです。皇太子が言うように家庭内のことは家庭内で言えば済むのに、なぜわざわざ幹部の口や記者会見を通すのか。それが皇室というものなのかもしれませんが、私はこんな役目ばかりさせられる歴代の長官や幹部を心底気の毒に思っています。

 この会見の直後、前天皇夫妻の側近とされる人を訪ねたところ、私の質問が気に入らなかったらしく、激しく叱責されました。

1/3ページ

最終更新:11/15(金) 11:40
現代ビジネス

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事