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日本自動車殿堂 歴史遺産車に「マツダ ロードスター」と「三菱A型」が選定

11/11(月) 6:40配信

Auto Messe Web

日本の自動車史の中での名車に与えられる貴重な称号

 マツダの小型オープンスポーツカー「マツダ ロードスター(初代)」と三菱自動車のクルマ作りの起源となった「三菱A型」が『日本自動車殿堂 歴史遺産車』に選定された。マツダ車にとっては、2003年のコスモスポーツに続いて2回目となる。

三菱A型のボディはなんと木製しかも黒漆塗りという日本の伝統技術だった

 日本自動車殿堂 歴史遺産車とは、日本の自動車の歴史に優れた足跡を残した名車を選定し、日本自動車殿堂に登録し、永く伝承するもの。殿堂入りすることになった評価点は、マツダ・ロードスターが「4代にわたる変わらぬコンセプト」、「累計生産台数100万台を超え、世界記録を更新し続けている」、「魅力的なスタイリング、クルマを操る楽しさを提供し、日本の技術水準の高さを世界に知らしめた」。

 マツダ・ロードスターは、1989年の発売以来、30年にわたり、人馬一体の走りがもたらす、ライトウェイトスポーツカー特有の“Fun(楽しさ)“を一貫して提供。国や文化、世代を超えた多くの人から支持を受け、累計生産台数は100万台を超えている。日本だけでなく、「2人乗り小型オープンスポーツカー」生産累計世界一のギネス世界記録を持つ。

 一方の三菱A型は、1917年夏に試作が開始され1918年11月に完成、1921年までに計22台を生産した。まとまった数量を見込んで生産・販売した日本初の量産乗用車として、日本自動車工業史上意義深いクルマという点が評価された。

 三菱A型が試作開始された当時は、自動車製造の専用工具、工作機が未整備の状態で、ハンマーや鏨(たがね)を使用した手作りにより完成されていった。ボディは木製で黒うるし塗りが施され、室内には高級な英国製の毛織物を使用。図面もなければ、ガソリン機関や車体・室内の知識も生産経験もない技術者達が幾多の困難を打破して、国産でも自動車が製造可能なことを実証したのだ。

 設計は三菱造船株式会社(現・三菱重工業株式会社)神戸造船所。なおその後、三菱自動車が三菱重工業から分離独立したのは1970年だった。

Auto Messe Web編集部

最終更新:11/11(月) 6:40
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