ここから本文です

【朝めし自慢】奥村彪生(伝承料理研究家・82歳)「朝は“おかいさん”を食べて80年です」

11/11(月) 6:03配信

サライ.jp

取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆

料理の道に入って60年。日本の食文化への尽きぬ興味、好奇心を、幼少時代から親しんだ朝の“おかいさん”が支えている。

【奥村彪生さんの定番・朝めし自慢】

前列左から時計回りに、茶粥(ほうじ茶・さつまいも)、漬物(白菜漬け・梅干し)、出汁いらずの出汁巻き卵。梅干しは毎年漬けるが、写真は2年物で塩分16%。出汁いらずの出汁巻き卵の作り方は、奥村流。卵2個に殻半分の水、薄口醤油、味醂、粉末にした糸がき鰹節を混ぜて焼く。

朝食のお供となる奥村家の常備菜3種。写真左から時計回りに、鰻の山椒煮、ちりめん山椒、牛肉の時しぐれ雨煮。山椒は和歌山県産のぶどう山椒を使用。牛肉の時雨煮には、赤ワインとトマトペーストを入れるのが隠し味だ。

白菜漬けには細切り昆布と干しエビを入れるのが、旨さの秘訣だ。下漬けした白菜に昆布と干しエビを散らしながら重ねていき、ラップをして軽く重石をのせ冷蔵庫へ。ひと晩で水が上がったら食べ始め、冷蔵庫で保存する。

朝7時起床。朝風呂を浴びた後、朝食は8時頃。「わが家では自分が食べるものは自分で作る主義。茶粥なら4~5分で用意でき、卵焼きや常備菜がお供です」と奥村彪生さん。

奥村彪生(おくむらあやお)さんは、洒脱な話術で関西を中心にテレビでも活躍の料理研究家である。だが、この人の最大の功績は、伝承料理研究にあるだろう。

伝承料理研究とは、縄文時代から今日まで日本人は何をどう食べてきたか。外来の食文化をどう選択し、受容・改造・定着・昇華させてきたかを探る学問である。それを基に、奈良時代の皇族・長屋王の邸宅跡から出土した木簡を読み解き、当時の食事を再現したのもこの人、奥村彪生さんである。

昭和12年、和歌山県すさみ町に生まれた。兄たちは惣菜店を営んでおり、学校に行く前にその手伝いをするのが日課だった。地元の高校を卒業後、近畿大学理工学部に入学するが、3年で中退。少年時代から身近にあった料理の道を極めんと、土井勝料理学校に入る。

「そやけど、授業中に質問しすぎて退学命令が出た。土井先生に呼ばれて、“作り方の説明だけで理論がない、科学がない。それがあれば応用がきく”と反論すると、その生意気さが気に入られ翌々日、そのまま職員になったのです」

職員時代に民俗学に興味を持ち、風俗史学会に入会。そこで出会ったのが、食物史学者の篠田統さんだった。篠田さんから“食文化をやるのなら古典に当たれ、必ず現地に足を運べ”と教えられ、伝承料理の道がスタートした。30代以降は文献を読み、カメラと録音テープを携えて全国を回った。

「篠田先生を通じて、石毛直道さんとも出会えた。石毛さんの『食生活を探検する』を読んで感動した、憧れの人でしたから……」

昭和48年から石毛氏とふたりで、日本料理を紹介するためにヨーロッパを回ったのも財産となった。


平成4年、米国のフードジャーナリストに日本料理を作りながら解説する。鰹の焼き霜造りやエビのあられ揚げなどを披露したが、一番喜ばれたのが筍の木の芽和えと日本酒の熱燗だったという。

1/2ページ

最終更新:11/11(月) 6:03
サライ.jp

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事

Yahoo!ニュースからのお知らせ