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ヤクルトが韓国で最も成功した日本ブランドになった理由

11/11(月) 18:19配信

ニューズウィーク日本版

──「日本にもヤクルトがあるのか」と尋ねられるほど韓国で認知されている......

日本製品の不買運動が続く韓国で、多くの日本ブランドが売上減少に悩むなか、安定した販売を維持しているブランドがある。

● 動画:韓国版ヤクルトレディの変遷史

1969年11月に日韓合弁企業が創業し、今年で50周年を迎える長寿企業で、韓国の乳酸菌飲料市場で70%のシェアを持つ韓国ヤクルトだ。在韓日本人が韓国人から「日本にもヤクルトがあるのか」と尋ねられるほど定着しているブランドのひとつだ。

■ 韓国に馴染み深い乳酸菌

韓国人が購入したヤクルトは500億本、国民1人あたり970本に上り、2008年に売上1兆ウォン企業に仲間入りした。

ヤクルトが韓国で浸透した背景は主に3つある。韓国人に馴染み深い乳酸菌の飲料であり、また、日本と同じヤクルト・レディによる販売方式、そして、消費者の声を反映した商品開発だ。

1971年、韓国でヤクルトが販売された頃は、世論は好意的ではなかったという。「菌にお金を払って飲むのか」という非難もあったが、韓国ヤクルト創業者の尹徳炳(ユン・ドクピョン)会長は、下痢や便秘予防に効果的な乳酸菌の効能をアピールして、無料試飲を行うなど積極的なマーケティングを展開した。

韓国人はキムチやマッコリ、チョングクチャンなど乳酸菌発酵食品をよく摂取する。近年は納豆の人気も高い。積極的なマーケティングが、消費者の認識改革と販売につながった。発売開始から6年目の77年には1日あたりの販売量が100万本を超え、国民の間に定着しはじめた。

■ 韓国版ヤクルトレディが果たした役割

「ヤクルト・アジュンマ」による販売システムは大きな役割を果たしている。時に男尊女卑の風潮を感じることもある韓国で「アジュンマ」と呼ばれる女性たちは強い行動力と忍耐力を併せ持つ。ヤクルト・アジュンマたちは担当地区を訪問し、夏の暑さや冬の寒さをものともせず、ヤクルトを売り続けた。

韓国ヤクルトが販売を開始した1970年代、女性の職場は限られていた。長時間低賃金の販売員などで、子を持つ主婦の就労は不可能に近かった。その時代、ヤクルトはパート制を採用して、子育て中の主婦を中心に希望者が殺到した。しゃれた帽子とユニフォームを着用した女性販売員がカートを引くスタイルは、それまでの配達業のイメージを一変させ、女性配達員の社会的地位を高めた。「ヤクルト・アジュマ」は憧れの職業にもなったという。

当初47人だった「ヤクルト・アジュンマ」は98年には1万人を超え、2017年には1万3000人に達している。早期退職者が多い韓国で、勤続10年を超える販売員が5000人を超えている。

韓国ヤクルトは2014年から75億ウォンを投入し、電動カートを導入する。販売員たちは手動式カートを引いて飲料が詰まったアイスボックスを運んでいたが、トラックで宅配を行うインターネット販売業者との競争が激しくなり、「自走式冷蔵庫」を開発した。

ヤクルトから相談を受けたメーカーはどのような天候でも、また、韓国特有の坂やでこぼこ道が多い道でも動作するカートの開発に苦心する。16種類の試作車を実地に試し、自動式冷蔵庫“ココ“が誕生した。韓国メーカー4社が製造する自走式冷蔵庫“ココ“は1万台を超えている。

■ 韓国で最も成功した日本ブランド

消費者の意見を反映した多様な商品開発もヤクルトの強みだ。大容量の容器を望む消費者に合わせて販売を開始した280ミリリットルの「ヤクルトグランド」は、販売チャネルとして選択したコンビニエンスストアで、飲料部門の販売量1位を記録する。

また従来のヤクルトは、凍らせると容器の口が小さく不便という消費者の声を取り入れて開発した「凍らせて食べるヤクルト」も発売直後から1日20万個以上の販売量を記録し、糖分を50%減らした「ヤクルトライト」は、オリジナル商品の8倍以上売れるヒット商品となっている。

最寄りのヤクルト・アジュンマを探すアプリには注文や決済機能も備わっている。筆者が利用した市内バスの運転手が信号待ちで下車したが、運行ルートのヤクルト・アジュンマに注文していたのか、わずかな時間でヤクルトを片手に運転席に戻ってきたほどだ。

ヤクルトは、在韓日本人ビジネスマンの間で、韓国で最も成功した日本ブランドと位置づけられている。このところ日韓関係は冷え切っているわけだが、ビジネス面では長年の交流を通じて、広く深い関係が築かれているということだろう。

佐々木和義

最終更新:11/11(月) 19:08
ニューズウィーク日本版

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