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最小の開催地・釜石が高めたラグビーの価値:ラグビーW杯2019のレガシー

11/11(月) 15:30配信

nippon.com

大友 信彦

大成功を収めたラグビーW杯日本大会で、未来に引き継ぐべき遺産とはなにか。その答えは、収容人員1万6000と今大会における最小のスタジアムを擁する岩手県釜石市が紡いだ濃密な物語の中にある。

ラグビーワールドカップ2019日本大会決勝の翌日、11月3日に開かれたワールドラグビーアワードは、最優秀チームに選出された南アフリカが主要な賞を総なめした。最優秀監督ヨハン・エラスムス。年間最優秀選手ピーターステフ・デュトイ(FL)。受賞者が読み上げられるたびに、会場内では祝福の歓声が沸き上がった。

同じ会場で、ひときわ温かい拍手を浴びたのが「キャラクター賞」の受賞者たちだ。日本語にすれば「品格賞」。ラグビーの価値を高めたとして、この賞に輝いたのはワールドカップ会場の一つ「釜石市」だった。

釜石市は、2011年3月に発生した東日本大震災による津波で壊滅的な被害を受けた。人口3万人台の町で、死者と行方不明者の総数は1000人を超えた。未曽有の災害を受けた釜石市民は、復興のシンボルとしてラグビーワールドカップ招致を目指した。

今大会の開催12都市で唯一の新設会場となった釜石鵜住居復興スタジアムは、津波で全壊した小中学校の跡地に作られた。常設6000席の小さなスタジアムに、10000席の仮設スタンドとレンタルした大型スクリーン2基を設置。東京からは新幹線で新花巻まで約3時間、さらにローカル線に乗り換え約2時間かけてようやくたどり着く。

スタジアム内外で展開された釜石ならではのもてなし

9月25日、釜石市や近隣の町、東北の各地、そして全国、さらに海外から、1万4025人がスタジアムに詰めかけた。

地元だけでなく仙台や東京からも参加した、年齢も性別も多様なボランティアたちが、満面の笑顔とハイタッチで迎える。公式ボランティアの資格がない高校生たちは自分たちでできることを探し、スタジアムへのアクセス案内動画を作ってSNSに投稿し、現場では語り部となって8年前の震災体験を伝えた。

天に祝福された快晴の下、スタンドには無数の大漁旗が翻っていた。

無線電話のなかった時代、港で待つ家族や仲間に豊漁をいち早く知らせた旗は、この町が本拠地の新日鐵釜石が日本選手権7連覇(1979-85)を達成した時代にラグビーのシンボルとなり、今度は復興ワールドカップのシンボルとなった。

市内2200人の小中学生は、キックオフの前に世界からの支援への感謝を込めて、自分たちで作詞した「ありがとうの手紙」を合唱。両国の国歌も歌い、試合が始まると休むことなく「がんばれ! がんばれ!」と叫び続けた。

フィジーとウルグアイが激突した試合は、スタジアムを包む特別な空気を裏切らない激戦となった。

ラグビーの世界でいくつもの奇跡を演じてきたフィジーが魔法のようなパスで先行すれば、ウルグアイは火花散るタックルでボールを奪い、逆襲のトライを奪った。

80分の戦いが終わった時、歓喜の雄たけびを上げたのは、ワールドカップ参加20カ国の中で、最も遠くからやってきたウルグアイ。それは大会最初の番狂わせとなった。

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最終更新:11/11(月) 15:30
nippon.com

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