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【新刊紹介】「訴える絵画」の物語を読み解く:中野京子著『運命の絵 もう逃れられない』

11/12(火) 16:03配信

nippon.com

持田 譲二(ニッポンドットコム)

「怖い絵」「名画の謎」など絵画の背景を読み解いてきた中野京子氏の続編を紹介したい。近世から近代にかけての西洋絵画を題材としており、今秋開催されている印象派展を訪れる際にでも、本書を手にすると興味が増すだろう。

自分は絵画を観るのがけっこう好きだ。といっても素人だから、蘊蓄は語れない。そんな自分が言うのも何だが、絵画を観る楽しみの一つには「なんでこのような絵を描いたのか」と想像を膨らませることがあると思う。

すべての絵に当てはまることではないが、観る者の関心を掻き立てる絵は確実に存在する。本書はそんな絵画の裏に秘められた物語を史実も交えながら紐解いてくれる。

本書の表紙に使われているのは、マネの「フォリー・ベルジェールのバー」。カウンターに佇む、うつろで大きな瞳のバーメイドの少女と、その背後の大鏡に映し出された広い店内の世界。彼女の目には何がどう映り、なぜ物憂げな表情を見せるのか。ストーリーを語るにはうってつけの巧みな構図だ。かつてロンドン駐在の際によく訪れたコートールド美術館では、何度も鑑賞した印象的な作品である。

フォリー・ベルジェールはパリに実在するミュージック・ホール。といっても単なる酒場ではなく、「歓楽の館」だったらしい。大鏡の右端にぼんやり映し出されたシルクハットの男、同じく鏡に映った2階席の富裕な中産階級とおぼしき紳士淑女たち、そして主人公のバーメイド。これらは一体、何を意味するのか。著者は想像力たくましく、19世紀後半のパリの一断面を切り取り、物語を提示する。

マネのほかに24人の画家が取り上げられ、それぞれの章とも示唆に富む。淡い色調が特徴的なターナーは、ただ漫然と美しい風景を追い求めていたわけではなかった。ある一枚の絵にまつわる歴史と画家の想いは感動的でさえある。メルヘンが漂う画風のブリューゲルについて、著者は「作品の命は細部に宿る」と語る。例えば「雪中の狩人」では、遠くでスケート遊びする子供など細かい描写の一つ一つの積み重ねが大きな画を浮かび上がらせ、観る者をその時代に引き込むだけの力が生まれる。

絵を観て自分なりに感じることも大事だが、何らかのガイドがないとまるっきり絵を理解できないこともある。先入観に邪魔されない限り、こうした著作を手にして美術館に足を運ぶのもいいのではないか。ちなみに「フォリー・ベルジェールのバー」を扱ったコートールド美術館展は、12月15日まで上野の東京都美術館で催されている。

【Profile】

持田 譲二(ニッポンドットコム) MOCHIDA Joji
ニッポンドットコム編集部チーフエディター。主に書評と映画評を担当。時事通信で静岡支局・本社経済部・ロンドン支局の各記者のほか、経済部デスクを務めた。ブルームバーグを経て、2019年2月より現職。趣味はSUP(スタンドアップパドルボード)。

最終更新:11/12(火) 16:03
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